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かつてないほどグダグダに終結した、いやむしろ収拾がつかないままうやむやのうちにただのもつれ合いと化した小会議だったが、それでも参加者たちは終了予定時刻きっかりに引き上げることに満場一致で合意した。まあ、あのまま会議室にいたところで業務上の進行はなんら望めなかったわけだが。 スプリングの効きの悪い、粗大ごみ寸前のソファが居座る休憩室で、プロイセンは窓際に立って外の景色を見下ろしながら、ブランデンブルクから借りたマグカップでコーヒーを飲んでいた。ここ数年、ときどき訪れては歩き回ることのあった町並みに、かすかな過去の気配を覚える。まだ彼がこの地で生活を営んでいた頃の名残が、誰の目にも見えないかたちでひそかに息づいているようだった。しかし、馴染みのあるはずの土地なのに、どこか異国のようにも感じられ、彼は苦笑した。懐かしいと同時に、遠くもあった。この街が。国が。 自身の胸に降りた感傷に柄にもなく浸りながら、彼がカップから立ち上る湯気で鼻先を湿らせていると、部屋の扉がノックされた。いるぞ、と短く答えると、静かに押された扉の向こうから、彼と同じようなマグカップを指に引っ掛けた青年が現れた。 「よお、お疲れさん」 「ああ、実に疲れた」 プロイセンのぞんざいな労いに、ドイツは少し芝居がかった調子で肩をすくめて見せた。久しぶりにプロイセン・ブランデンブルクのゴールデンタッグに揉みに揉まれたドイツは、いささかぐったりとした様子だったが、その顔に不機嫌の色はなかった。 年季の入ったソファを軋ませながら、ドイツは窓際のプロイセンに視線をやった。 「おまえたちは本当に仲がいいな」 「はははは、羨ましいか」 自慢げに胸を張るプロイセン。ドイツは背もたれにゆったりと体重を預けると、長嘆してから話しはじめた。 「仲がいいのはよいことだが、少しは場をわきまえてほしい。いいにつけ悪いにつけ結託するのは大概にしてくれ。チームワークが見事すぎて、相手するほうは大変なんだ。あと、ところ構わずいちゃつくのも自重してくれないか。目撃するほうとしては、ドッキリ企画より性質が悪い」 「いやあ、なんかふたりでいるとつい盛り上がっちまってよー」 へへ、とプロイセンはいたずら好きの少年のように鼻頭を指でこすった。と、ドイツが思い出したように疑問を口にする。 「昔から不思議に思ってたんだが、同じ顔どうしでどうして盛り上がれるんだ?」 「そりゃ盛り上がるだろ。あいつの顔、完璧じゃん?」 親指と人差し指でL字をつくり、それを顎の下に当てながらむかつくくらい不敵な笑みで、掃いて捨てるほどの自信とともに答えた。ドイツはくらくらと眩暈を覚え、思わず額に指を置いた。 「……惚気なのか自己陶酔なのか判断に困る発言だな」 「えー? あいつ超イケてるだろ?」 およそ、自分と瓜二つな人物に対する評価とは思えない発言である。さらに頭が痛いのは、おそらくブランデンブルクに尋ねてもほぼ同じ評価が下されるであろうということだ。 「どう答えろと……」 ドイツが答えに窮する傍らで、プロイセンは語りたくてたまらないといった面持ちでうずうずと唇を開閉させている。 「そりゃおまえ、つむじからつま先まで余すことなくだな――」 「頼むから詳細は聞かせないでくれ。うなされそうだ」 ドイツがちょっぴり本気で青ざめながら頼むと、プロイセンは少々おもしろくなさそうに唇を尖らせたが、すぐに両手を広げ、肩をすくめた。 「ま、伊達に三世紀連れ合ってねえってことだ。……結局別れちまったけどな」 先ほどとはがらりとトーンが変わった。彼の声にわずかに寂しそうな響きを感じ、ドイツは胸が苦しくなった。在りし日の彼らの仲をじかに知っているだけに、余計に。 「すまなかった」 「謝んな。おまえのせいじゃねえよ」 しゅんとしてうなだれたドイツの頭に、プロイセンがぽんと手を乗せる。まだ少年の頃、珍しく失敗をして必要以上に萎縮しながら反省していたドイツの姿が思い出され、プロイセンは懐かしさの混じる微笑を口元にこぼした。まったく、生真面目な性格は一生モンか。呆れつつも、昔から変わっていないドイツの性質が嬉しくてかわいくて、プロイセンは知らない間に彼の頭を撫でていた。 ドイツはドイツでプロイセンの手の感触が心地よいのか、しばし目を閉じてじっとしていたが、やがてふと視線を上げて尋ねた。 「いいのか、こんなところにいて。ブランデンブルクと一緒にいたいのでは――」 さっそく気を回そうとするドイツの動きを、プロイセンはぱたぱたと手を振って制した。 「あー、別にいいって。ときどき会ってたし、メール送ったりしてるし、さっきいちゃついたし。それより――」 と、彼は意味ありげににっと口角をつり上げた。 「なんだ」 「いまはおまえと一緒がいい。すっげ久しぶりなんだからよ」 悪そうな笑みを一瞬のうちに解消させると、プロイセンは首をちょっと傾げながらてらいのない自然な笑顔(実はけっこう貴重な映像だ)でそう言った。そして、ドイツの座るソファの横に腰を下ろした。開いた足に両腕をつき、前かがみになりながら、彼は普段よりゆっくりした口調で語った。「あいつとはこれまでけっこう話したけどさ――いや、あいつなかなかしゃべんねえけど――おまえとはまだまともに話せてねえじゃん? だからまあ、ちょっと話したいな、なんて。あいつもそのつもりで席外したんだろ。あの野郎、いい加減おまえとちゃんと話せって会うたびに口うるさくてよぉ(まあ、実際は口では言わず無言の圧力状態だったけど)。それにおまえ、ほかの連中いると遠慮しちまって話しにくそうだし」 プロイセンの指摘に、ドイツはきょとんとしてまばたきをした。 「そんなつもりはないのだが」 「つもりはなくても、そうなんだよ、おまえって。昔から。身内に対してまで控えめっつーか、遠慮がちっつーか。もっと甘えていいのによ。しっかり者すぎるのも考えものだぜ。ほかの連中も寂しがってるんじゃね? そりゃ、おまえが一人前になるのは嬉しいけどよ、俺らとしてはなんつーか、いつまでも弟分でいてほしいって気持ちもあるわけだからよ」 と、プロイセンはドイツの鼻先をピンと軽く指で突付いた。ドイツは手の平で鼻のあたりを覆いながら、いましがたプロイセンに言われたことを頭の中で反芻して整理した。いつまで経っても自分のポジションは《下の子》らしい――が、それも悪くないと思える。いや、むしろ嬉しい。時代の激動とともにさまざまなものが変化したいまでも、自分たちの中に昔の絆が残されていることが。 年下扱いをすんなり受け入れる程度には、俺は大人になれたらしい――そう認めたとき、ドイツはふいにひとつの静かな衝動が胸の奥から湧き出てくるのを感じた。 「……なあ」 ドイツはふいに顔を上げ、首を回して横に座るプロイセンを見つめた。 「うん?」 「先ほど会議中におまえが提案したやり直しは、まだ有効か?」 「は?」 「さっきは状況が状況だけに、気持ちが引けてしまったんだが……本当は……」 わずかに腰を浮かして体ごと斜めを向くと、ドイツはおもむろに両腕をプロイセンのほうに伸ばした。そして、腕の間にプロイセンの体を収め、その背中を引き寄せる。 気がついたときには、プロイセンはドイツに抱き締められていた。 ――ヴェスト? 呼ぼうとして、はたと止まる。 ほんの少し、鼻をすするような音が聞こえてきたから。 背に回されたドイツの腕は、こんなときでも相手を気遣っているのか、息苦しいほどには抱き締めてこない。けれども、彼の顔がうずめられた肩はひどく熱く感じられた。 「本当は、ずっとこうしたかったんだ」 消え入りそうなかすかなささやきは、しかしはっきりとした言葉としてプロイセンの耳を打った。頬に当たるドイツの金髪の感触を心地よく感じながら、彼はそっと目を閉じた。そして、ゆっくりとドイツの背中に腕を回し、同じだけの強さを込めてやった。
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