プロザクシリーズ現代編(再統一後の話)です。ふたりとも、自分が該当する州で働いている感じです(ブランデンブルクとザクセンあたり?)。独も登場します。
いつにも増して捏造著しいので、苦手な方はご注意ください。
現在のプロイセンとザクセン、そしてドイツの話 1−1
帰宅したドイツがダイニングに入ると、途端にむわっとした熱気に包まれた。炎天下のビル街を超える温度と湿度である。いくら日中締め切っていたからといって、こうまで熱がこもることはないだろう。
その空気を思わず吸ってしまったドイツは、軽くむせ返りつつ室内を見回した。と、キッチンのカウンターから、レタスが丸ごと入ったステンレスのボウル持ったプロイセンが我が物顔で彼を迎えた。
「お、帰ったか。飯はまだだぞ」
プロイセンはボウルをそのまま食卓に置いた。皿に盛り付けるどころか、葉をちぎる気さえないらしい。まあ、いつものことなので――もはや半居候である――特に文句はつけない。洗いながら食べれば済むことだ。ボウルに水を用意するか、とドイツは熱気の立ち込めるキッチンに足を向けようとして、ふと止まった。何か妙なものを見た気がする。
ドイツはプロイセンの姿を真正面にとらえると、
「なんて格好をしてるんだ……」
とてつもなく嫌なものを目撃してしまったかのような口調で呟いた。が、対照的にプロイセンは楽しそうに答える。
「あ、これ? へへ、セクシーでいいだろ。正面から見たら裸エプロンだぜ。エロいだろー。暑さ対策にもなって、エコって感じだろ? おまえも夏場に火ぃ使うときは上脱いだほうがいいぜ」
彼は紺色のエプロンを一枚身に着けていた。というか、それ以外に布がない。脇のほうまで肌色が覗いているところからすると、タンクトップすら着用せず、素肌に直接エプロンを着けているらしい。本人の自己申告どおり、いわゆる裸エプロン状態である。セクシーというより変態にしか見えないのだが。仕事帰りに自宅で目撃するにはきつい光景だ。しかもプロイセン的にはこの服装に自信があるらしく、実に気持ちの悪い(本人はセクシーと言い張るだろうが)ポーズを極めてきた。ああ、俺の家が蝕まれていく……とドイツは胸中で嘆いた。
どこに自慢する要素があるのかまったくわからないが、なんとなく誇らしげな彼をじと目で見やりながら、ドイツはぽつりと指摘した。
「下も脱いでいるように見えるんだが……」
エプロンの裾のほうに人差し指を向ける。丈は膝上十五センチほど。裾の下から伸びているのは、やはり肌色だった。ハーフパンツによる日焼けなのか、膝上を境に少し色が違う。
絶賛ドン引き中のドイツに、プロイセンはエプロンの裾をぴらりとめくり上げて見せた。
「さすがにそれはねえよ。火やら油やら使うのに、大事なとこガードしなかったら危ねえだろ」
エプロンの下からメッシュ生地の下着がちゃんと出てきたことにほっとしつつも、
「そういう判断基準でいいのか……?」
なんとなく引っかかるものを覚えたが、自分の精神衛生のため、それ以上は追及しないことにした。諸悪の根源はきっと夏の暑さだ。そうに違いない。だから温暖化対策は重要なのだ。これ以上彼の頭が暑さでやられてしまう前に、より高度な技術と政策を推進せねばなるまい。ドイツはそう心に誓った。
シンクの前に立ったドイツは、やたらと飛び散る水やら泡やら土やらじゃがいもの皮やらに眉をしかめた。
「……きれいに使ってくれとあれほど言っているのに」
きゅ、とシンクの一辺を人差し指の腹でなぞって汚れ具合を確認するドイツに、プロイセンが頬を膨らませた。
「なんだよ、いじわる姑みたいな真似すんなよ。このくそ暑い中、環境のためを思って空調も入れず、風通しの悪いキッチンでイモゆでたり揚げたりしてたんだぞ」
「立派な精神だとは思うが、換気扇くらい回したらどうだ。これでは我慢大会だ。屋外より暑い」
いるだけで汗のにじむ空間を少しでも解消すべく、ドイツは換気扇のボタンを押した。プロイセンも平気な顔をしつつやはり暑かったようで、自分の手の平をぱたぱたと振っては顔を扇いでいる。彼は窓の外を見ると、
「外はそろそろ涼しくなってきたよな。ちょっと走りに行ってくる。こっちのイモ茹だってっから、適当に潰しといてくれ。野菜とか調味料はそのへんにあるから、好きに使え」
ドイツに指示を出してから、ランニングに出かけようとドアに足を向けた。が。
「待て」
「あん?」
ドイツに引き止められ、ノブを掴んだまま肩越しに振り返った。カウンターから出てきたドイツが、はあ、とため息をつきながら言ってくる。
「その格好で走りに行くのはやめてくれ。そんなのだったらパンツ一枚のほうがまだましだ」
「あ! いけね、忘れてた。いやー、なんか涼しくていい感じだったからよぉ、つい。ええと、ハーフパンツハーフパンツ……」
本気で失念していたらしい。プロイセンは背中の結び目を解いてエプロンを外すと、炊事するならこれ使え、とドイツに放り投げた。そして、下着一枚のまま、トレーニングウェアを探しに二階まで駆け上がっていった。
ドイツは、汗で湿った彼のエプロンを着用する気にはなれず、ダイニングのクローゼットから清潔なものを取り出した。
*****
プロイセンがランニングに出かけて十五分ほど経過した頃、玄関のインターホンが鳴らされた。ドイツはじゃがいもを潰す手を休めると、エプロンの裾で手を拭いてからインターホン用の受話器を手に取った。
「はい」
「ちーっす。俺だよ、ザクセン。悪いな急に」
フランクな調子でそう名乗る声は、確かに聞き覚えがあった。
「ザクセン? どうしたんだ、突然」
アポなしで訪ねてくるとは珍しい。これがプロイセンなら、ちゃんとインターホンを押すという最低限の礼儀を行ったことのほうに驚くのだが。
急用でもあるのだろうかとドイツがちょっと構えていると、受話器越しにザクセンの様子がわずかに変化するのがわかった。
「……あれ? その声、プロイセン? おまえ、またこっち来てたのかよ、やっぱりなー。おまえが出るってことはドイツは留守ってことか? しょーがねえなあ、どうせあいつがいない隙に勝手に上がり込んでんだろ」
いきなりぞんざいというか、同輩に対する気安い口調になるザクセン。ドイツは少々呆気に取られた。
「いや、俺は……」
「まあ、でも、俺としちゃちょうどよかったよ。おまえに用があったんだし。ってか、おまえ探してこいつんち来たんだけどさ。ほんとに入り浸ってんのなー。あ、そうそう、用件だけどさ、ほら、今度おまえんとことウチで合同企画してる防災ってか対テロの避難訓練あるじゃん? あれ、事前練習の日程が変更になるかもって連絡があってさあ。なんかおまえの携帯つながらないって上の人困ってたぜ。で、なぜか俺のとこに連絡が来たわけ。今日俺こっちのほうに出張だったから、まあついでに。おまえさあ、また携帯の支払い滞納でもしてんの? 前も止められてなかったっけ?――」
話好きの中年女性のごとくぺらぺらと途切れることなく話してくるザクセンに、ドイツは思い切って口を挟んだ。
「ザクセン、何も玄関で話すことはないだろう。別にセールス勧誘中というわけでもないのだし。待っててくれ、いま開ける」
「あ、ああ、悪い」
「それから、俺はドイツだ」
「……え?」
ザクセンの間の抜けた母音を最後に、通話は途切れた。
十数秒後、ドイツは玄関の扉を開けると、表に立っていたザクセンを見て挨拶をした。
「久しぶりだな、ザクセン」
入ってくれ、とドアを押さえながら道を開けるが、ザクセンはその場から動こうとしない。ぽかんとした面持ちでドイツを凝視している。
「ほんとにドイツだ……」
「それはそうだろう。ここは俺の家なんだ」
俺が出てくるのは当たり前じゃないか、と肩をすくめるドイツに、ザクセンはまだ不可解そうな表情で尋ねた。
「え? じゃあ、さっきインターホンでしゃべってたのってほんとにおまえ? プロイセンじゃなくて?」
「ああ、俺だ」
きっぱりと肯定するドイツ。ザクセンは素っ頓狂な声を上げた。
「まじで!? はー……何の疑いもなくプロイセンだと思ってたのに」
「あいつがうちの来客に応対することには疑問を抱かないのか?」
「だってあいつ、おまえんちに寄生してるんだろ?」
「否定できないのが悲しいな」
当然のように聞いてくるザクセンに、ドイツは苦笑するしかなかった。
ザクセンは扉の内側に入ると、ドイツの後ろについて歩きながら彼に話し掛けた。
「あいつ最近ほんと自宅にいないらしくてさあ。あいつ宛の郵便、おまえんとこの住所で送ったほうが確実なんじゃないかって、あいつんとこの上司、真剣に悩んでたんだよなー。ウチのほうも困ってるけど」
ザクセンがローカルな情報を教えてくる。ドイツは思わず額を押さえた。
「なんでそんなに知れ渡ってるんだ……」
「有名だよ。ここらのお役所関連じゃ知らないやつのが少ないって。噂が飛躍して、一部じゃ同棲してるって思われてたりするぞ?」
「それは嫌すぎるな」
「あ、でも、別に悪い意味で取られてるわけじゃないぞ。そうだなー、一般の人間で例えると、『○○さんちの息子さん、地方で一人暮らしのお父さんをおうちに引き取って一緒に暮らしてるんですって。偉いわね〜』って感じだな。うん、どっちかって言うと感心されてるよ」
「それはさらに嫌なんだが」
うわ、と心底げんなりしつつ、ドイツはザクセンに椅子を勧めて自分はキッチンへと戻っていく。
「あいつなら外出中だ。そのうち帰ってくると思う。待っててくれ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「まったくあいつは……連絡不備を自らつくり出すとは感心せんな。悪かったな、ザクセン。俺のほうからも一応注意しておく。俺の言うことなんか聞く耳もたないと思うが」
「あー、うん。まあ期待はしないでおくよ」
「そうしてくれ」
ザクセンの常識的な対応に、ドイツはわけもなく気持ちが和むのを感じた。
「夕飯はどうする? なんなら用意するが」
「いや、お構いなく。急に来たんだし」
ザクセンは、皿を増やそうとするドイツを止めると、その後ろ姿を見ながらふっと笑った。
「にしても、おまえら、声激似なのなー。ちょっとびっくりしちゃったじゃん、あいつだと思ってたらおまえが出てきて」
彼の思わぬ発言に、ドイツがぴたりと静止した。そして、不思議そうな顔で彼のほうを振り向く。
「……そんなに似ているだろうか?」
「ああ、そっくり! 普段そこまで感じないけど、やっぱ似てるとこあるよなあ」
「……そ、そうなのか?」
明るく元気にそう言ったザクセンとは逆に、ドイツはちょっとトーンを落として動揺した声音になった。
カウンターに手をついてなにやら深刻そうな面持ちでうつむいているドイツに、ザクセンは何事かと立ち上がった。
「あ、あれ? なんか落ち込んでる? どうしたんだ?」
「あいつと似てるのか……声……」
ザクセンの質問に答えるというよりは、ひとりごとのように呟くドイツ。はっとしたザクセンは、慌ててフォローに入った。
「あ、ご、ごめん! に、似てるって言ってもさ、インターホン越しだったからそう聞こえただけだって、きっと。生なら別にそんな似てるって感じしないもん! ほら、電話とか通信機って、周波数間引きされてるじゃん? きっとその影響だって! うん、絶対そう! それか、俺がちょっと難聴気味とか! まいったなー、テクノの聴きすぎかなー。それとも老化現象かなー」
大丈夫、そこまで似てないって! とつい数分前の自身の発言を撤回するザクセンだったが、肝心の相手には届いていないようだった。
雨雲が立ち込めたように暗くなっているドイツを励まそうと、ザクセンは彼の二の腕に触れつつ、子供をあやすような優しげな調子で言った。
「あー、もう、ごめんって〜! ザクセン兄ちゃんが悪かったからさぁ! そんなあからさまに落ち込むなよー。……な?」
ザクセンがそんなふうにドイツに語りかけていると。
「なに気色悪い声出してんだ、ザクセン?」
「あ……プロイセン!」
声のしたほうを振り返ると、ドアの前でプロイセンが露骨に気味悪そうな顔をして立っていた。
これはややこしいことになるんじゃないか、とザクセンはちょっと嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
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