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プロイセンはおもむろにタンクトップを脱いで上半身裸になると、カウンターを挟んで向かい合って立っているふたりを不思議そうに眺めながらダイニングへと入ってきた。 「あー、あっちぃ。水水~」 彼は汗の染みた衣服を肩に引っ掛けると、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出してコップに注いだ。背中にはかなり汗が浮いている。適度に水分補給をしたところで、彼はふたりを振り返った。 「どうしたんだよ、おまえがこいつんちに来るなんて珍しいな。連絡寄越せば飯くらい用意しといたのに。――まだ材料あったよな? イモはこないだ腐るほど買ったし」 カウンターの木目にじっと視線を落としたまま動かないドイツを不審がりつつも、プロイセンは勝手に――ザクセンの意志すら確認せず――来客の分の食事を用意しようとキッチンを見回しはじめた。 「あ、いや、いいって。誰かさんみたいにたかる気ないし」 「言っとくが、食費くらいは払ってるぞ。いくらなんでもただ飯食らいじゃねえよ」 「光熱費も払ってあげたら?」 「その分は労働支払いだ」 「おまえが家事ねえ……」 少し意外そうに呟きつつ、ザクセンは水周りやコンロをちらりと見やった。無駄に男らしいな、というのが感想だった。プロイセンが介入した場合の台所事情は概ね察せられる。ドイツもいい迷惑なんだろうな、と他人事のように思った。まあ、事実他人事なのだが。 ザクセンはプロイセンのほうに視線を戻すと、本題に入った。 「おまえやっぱこっち来てたんだな。いつからだよ?」 「んー……? いつからだっけな?」 とぼけているのではなく、本気でよくわからないといった調子のプロイセンに、ザクセンがやれやれとため息をつく。 「ここんとこ携帯つながらないみたいだけど、どうしたんだ? 連絡取れないって、上の人困ってたぞ」 「携帯? ああ、こないだ目覚ましのアラーム掛けといたはいいんだが、寝ぼけてうっかり握り潰しちまってよ、以来動かねえんだ」 しれっと事情を話すプロイセン。嘘のような理由だが……彼の場合、あながち嘘とも言い切れない。いや、むしろ真実味があるかもしれない。彼の握力を考慮に入れれば。 「何やってんだよ……」 「ボディ弱すぎるよなあ、携帯って」 呆れるザクセンに、プロイセンは製品の強度について文句を述べた。 「おまえに所持される携帯がかわいそうになってきた……」 ザクセンが頭を押さえて長嘆していると、プロイセンが先ほどからアクションのないドイツをじろじろと観察しはじめた。 「ん? どうしたんだ、こいつ? なんかしょぼくれてねえ?」 おーい、生きてるかー? とプロイセンはドイツの背中を軽く叩いた。ドイツは相変わらず下を見て、なにやら真剣な顔をして考え込んでいる様子だ。 ザクセンはプロイセンの問いにうなずきながら答えた。 「ああ、うん、まあ。へこんでるな、どっからどう見ても」 「なんかあったのか?」 「うーん……まあ、突き詰めて考えていくと、おまえが原因?」 突然犯人扱いされたプロイセンは、納得がいかないというよりはわけがわからないといったふうに眉をしかめた。 「はあ? なんで俺のせいなんだよ。別になんもしてねえぞ。出かける前はいつもどおりだったし。おまえがなんかしたんじゃねえのか?」 「そうだなあ、引き金は俺かなあ……」 顎に手を添え、ザクセンは悩むように呟いた。 「何があったんだよ」 「いや、さっきここ訪ねたとき、インターホン越しに会話してたんだけど、俺、こいつの声聞いて、てっきりおまえだと思っちゃったんだよ。似てたから。で、それを指摘したら……」 と、ザクセンはすっかり沈んでいるドイツを指差した。 「このとおり、へこんじゃってさ」 プロイセンはしばし眉間に皺を寄せていまザクセンに説明された内容を反芻した。そして、自分なりに噛み砕くと、 「……それってなにか、俺と声間違えられたのがショックで落ち込んでるってわけか」 具体的な解釈を提示しながら問う。顔が左右非対称にひどくゆがむほど、おもしろくなさそうな表情を浮かべて。 ザクセンはあっさり首を縦に振った。 「うん、そういうこと」 ザクセンの肯定を受けたプロイセンは、怒りの矛先を彼ではなくドイツへと向けた。彼は片手でドイツの胸倉を掴んだ。 「てめえ、別にそこまでへこむこっちゃねえだろ! そのどんよりした暗い空気はいったいなんだ! 何がそんなに嫌なんだよ、俺と似てて!」 バン! とカウンターを叩くと、ドイツがのろのろとプロイセンのほうへ目を向けた。そして、巨大なため息をひとつついたあと、ぼそりと言った。 「おまえには似たくないと、昔から思ってたのに……」 「なんだそれ!? てめえ、ガキの頃からンなこと思ってたのかよ! 俺の何が不満なんだ!? 俺かっこいいじゃん!?」 自分の胸に手を当てながらそう主張するプロイセン。しかし、ザクセンはドイツの支援に回った。 「あー……なんかその気持ちわかるなあ。プロイセン似はちょっとショックだよなあ。恥ずかしいよなあ。ほんとごめんなー、ドイツ。俺、ひどいこと言ったわ」 ドイツの肩をぽんぽんと叩いて慰めるザクセンに、プロイセンが吼える。 「ザクセン! おまえどっちの味方だよ!」 「そりゃドイツ」 これまた至極当然のように答えると、ザクセンはドイツの胸倉を掴んでいるプロイセンの手を外させた。そして、彼からドイツを庇うように軽く自分のほうへ抱き寄せる。 「あんまり怒ってやるなよ、理不尽だろ。こいつがそう思うのももっともなんだし」 よしよし、と自分より高い位置にあるドイツの頭を撫でてやる。 「ザクセン……」 ドイツはじんと来たらしく、思わずザクセンを見つめた。 「理不尽なのはどっちだぁぁぁぁ! ってか、なにふたりの世界つくってんだよ、なんかむかつくぞ!」 不機嫌を隠そうともしないプロイセンをザクセンが揶揄する。 「男の嫉妬は見苦しいぞー、プロイセン」 「こいつは普段からこのくらい見苦しいぞ」 「確かに」 結託するザクセンとドイツを前に、プロイセンはますます声を荒げた。不愉快だ。おもしろくないことこの上ない。 「ひとの悪口で意見統一してるんじゃねぇぇぇぇ! だいたい、血縁あるなら大なり小なり似るのは当然だろーが! どんなに否定しようがおまえと俺は似てんだよ! 昔日本だったかに思っくそ間違えられただろ! ははははは、つまりはそういうこった!」 勝ち誇ったように高笑いをするプロイセン。が、ザクセンは冷静だ。 「いや……それは多分、白人の顔の区別がつかなかっただけじゃないかな」 すっかり混沌に包まれたダイニングで、ドイツがおそるおそると言った調子で疑問を口にした。 「なあザクセン。ほんとにこいつと声似てると思うか?」 「ううむ……おまえ基本的におとなしいからなあ。ここまでけたたましく叫ぶこと少ないから――イタリア関連以外で――比べにくいなあ。プロイセン、常時うるさいし」 ドイツの質問があまりに真剣かつちょっぴり悲愴だったので、ザクセンは真面目に考察し出した。まあ、行き着くところは『プロイセンうるさい』なのだが。 「そうだな、おとなしいときは相当重病のときだ。普段は寝ててもうるさいことだし」 「あー、わかるわかる! 寝言うるさいんだよな!」 「ああ、とても」 「正直、あれじゃ彼女できねえのも仕方ねえなって思う」 話題が脱線していくふたりに、言いたい放題言われているプロイセンが異議を挟む。 「はあ!? おまえら何勝手なこと言ってんだよ! 俺、寝言なんて言うかぁ!?」 「よく言っているが。けっこううるさいぞ。起きてるときよりは静かだが」 「俺も、知ってる限りじゃけっこうな割合で聞いたな、おまえの寝言」 ドイツとザクセンは意見を一致させた。だが、プロイセンは納得しない。 「ひとが寝てる間だからってでたらめ言ってんじゃねぇ!」 「証人がふたりいるんだぞ」 「どーせ示し合わせだろ!」 「あー、もう、ほんとうるさいなあ。少なくとも普段の声の大きさは似てないぞ。安心しろドイツ」 気休めにもならないかもしれないが、ザクセンは一応そう断言しておいた。 しかし、声もとい音には三つの要素がある。高さ、大きさ、音色。残りふたつについては、ちょっと聞いただけではどの程度似ているのか、あるいは似ていないのか、判断しにくい。 と、ザクセンは閃いたというように指を鳴らした。 「あ、そうだ。気になるなら音響分析してみるか? 工学系の大学に問い合わせれば設備あると思うけど」 「ふむ……一理あるな。科学的に証明できるのがいちばんだ」 「なんでそこまでするんだよ! おまえらそんなに俺のこと嫌いか! もう俺のことなんて愛してないんだな! うわぁぁぁぁぁぁ……!」 ふたりの冷たい態度が悲しかったのか、あるいは自分だけ仲間外れにされてやきもちを焼いたのか、プロイセンが駄々っ子のごとく喚き出した。 「やべ、言い過ぎた。こいつ、拗ねるとやかましさ倍増するんだった」 「確実に近所迷惑だな」 騒音の音源と化したプロイセンに、ザクセンが懐柔を試みる。 「そんなへそ曲げるなよ、プロイセン~。悪かったよ。ちゃ、ちゃんとおまえのこと愛してるぞ。なあドイツ?」 「あ、ああ……もちろん」 ストレートな問いに少し戸惑いつつ、ドイツは肯定してやった。が、それはプロイセンの機嫌をますます損ねる結果となった。 「その妙なよどみが引っかかんだよ! だったらいっそ否定しやがれ! ひと思いによぉ!」 いや、否定されたらおまえ本気で泣くだろ……と思いつつ、ザクセンはドイツとふたりがかりでなんとか彼を宥めようと努力した。 ***** 週末、南欧の空はいつものように美しく晴れ渡っていた。 カフェのオープンテラスに座るドイツは、向かいのイタリアに先日自宅で起きたちょっとした騒動を、愚痴を交えつつ語っていた。 「……ということがあってな。その日は終日、あいつのご機嫌取りのために潰れた。放っておいたら公害だからな、あの騒音は」 「へ~……大変だったんだね、ドイツ」 「すまないな、やかましい観光客を連れてきてしまって」 ドイツは、今頃ゴンドラでハッスルしているであろう迷惑な身内の姿に頭痛を覚えつつ、先んじてイタリアに謝っておいた。 彼らはふたりで連れ立ってここイタリアに小旅行中だ。あの日、完全にむくれてしまったプロイセンの機嫌を直すべくイタリア旅行に誘い、この週末に至った、というわけである。 「大丈夫かなあ……兄ちゃんが怖がってないといいけど」 口は悪いが自分と同じくらい気の小さいロマーノを心配するイタリアに、ドイツはふと思いついたように言った。 「そういえば、おまえたちはそれほど声が似ていないな」 「俺と兄ちゃん? そう言えばそうかも。似てるって言われたことないし」 「体格は似たり寄ったりなのにな。俺とあいつよりよっぽど」 「んー、まあ離れて暮らす期間が長かったからね」 そう言うと、イタリアはのんびりとジュースをストローで吸った。大分溶けて角の丸くなった氷をストローの先でつつく彼を見ながら、ドイツは首を傾げた。 「……? それが何か関係あるのか?」 不思議そうなドイツに、イタリアが自分の喉仏を押さえながら答える。 「なんかね、ひとの声って喉のかたちだけで決まるんじゃないんだって。家族とか、一緒に暮らしてる身近な相手の声を無意識に真似ちゃって、そのひとと同じ発声の仕方を学習しちゃうとかなんとかって聞いたことあるよ。だから全然体格違っても、お母さんと娘の声って似てくるんだって。知らないうちにお母さんの真似しちゃうなんて、かわいいよね~」 他意のないイタリアの発言。 しかしドイツは複雑そうな表情をすると、むっつりと黙り込んでしまった。まったくもって、燦々と降り注ぐ太陽の光が似合わなかった。
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