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ちょっぴり不謹慎な発言があるかもしれない内容です。遠回しですが、軍とかコミュとかの絡みが微妙にありますので、ご注意ください。





何十年か前のプロイセンとザクセンの話 3


 朝一番に上司に呼び出されたプロイセンが事務所に戻ってきたのは、一時間後のことだった。拘束時間からいって、大きな問題が発生したわけではないだろう。しかし、帰ってきた彼は見るからにへこんでいた。
 ノックもなしにがちゃりと監獄の扉のように重いドア(重量のせいではなく、立て付けが悪くて蝶番がうまく機能していないためだ)を開けたプロイセンは、自分の席に倒れ込むように座ると、そのままデスクに突っ伏した。
「はあー……」
 肩と背中を上下させ、重々しいため息をつく同僚に、ザクセンはたっぷりためらいという名の沈黙をとってから、
「……ものすごく話しかけたくないけど、話しかけない限りおまえ仕事しなさそうだから、仕方なく聞くよ。どうしたんだ、あからさまに重いため息ついて」
 嫌そうに言いながらも、どこからどう見ても元気のない同僚がそれなりに心配なのか、ザクセンは立ち上がってコーヒーを淹れ出した。プロイセンの陶製のマグカップと、以前彼にひしゃげられた金属製の自分のマグカップを並べる。
「言うまでもないが、インスタントしかないからな。これ湿気ってっから、早く終わらせたいんだ。たくさん飲んでくれ」
 ザクセンは、湿気って瓶の底に張り付いたコーヒーの粒をスプーンでこそぎ落とす。プロイセンは、おう、と気のない返事をした。
「ほら。砂糖ほしいならこれな」
 グラニュー糖ではなく、普通の家庭用調味料としてキログラムあたりいくらで売っている白砂糖だ。ザクセンが、元々何が入っていたのかよくわからない瓶に入った砂糖を差し出すと、一通りへこみ終わったらしいプロイセンがようやく顔を上げた。
「や、今度こっち陣営の連中で集まって会議やるから、出席しろって、上司がさー」
「ああ、たまにある例の会議ね」
「そう。久々にお呼びが掛かっちゃったってわけ」
「行きたくないんだな」
 他人事の気楽さでコメントするザクセンに、プロイセンが声を荒げる。もっとも、相手に当たるというよりは、単に不平を声に出しているだけといった調子だが。
「当たり前じゃん! ソ連のやつらがまとめて出て来るんだぞ! そりゃもう、ぞろぞろとな! ロシアはもちろんのこと、絶対くっついてくるベラルーシ怖ぇし、リトアニアやポーランドとは因縁あっていろいろアレだしよぉ……」
「ベラルーシは超美人だから目の保養になるだろ」
 あの美貌には俺もどっきりだね、と呑気な感想を述べるザクセン。プロイセンはちょっぴり同意しつつも、やはり不満のほうが多いようで。
「そりゃ正直どきっとするくらい美人だけどよ、遠巻きに見てるだけじゃすまないんだぞ、向かい合わせでにらまれたり、なんか発言したりしなきゃならねえんだぞ!(最近同意ばっかだけどな!) そんでもって、そのたびにあの氷のまなざしが突き刺さるんだぞ! 二重の意味でドキドキだ! うっかり恋と間違えそうなくらいドキドキだ! 俺がベラルーシにかなわぬ恋をしても驚くなよ!」
 力説するのはいいが、興奮のあまり話の趣旨が意味不明になっていた。しかしザクセンは、そこから彼の心理を簡潔かつ的確にまとめた。
「まあ、おまえの好みじゃないか……」
 プロイセンは再び机に顔を伏せると、頭を抱えてイヤイヤをするように首を左右に振った。そして、おもむろに顔を上げ、
「なあ、代わってくれ、ザクセン。その間におまえの三倍仕事しといてやるからさあ」
 沈痛な面持ちでそう頼んできた。よっぽど気が進まないらしい。
「それは無理だって。おまえが代表なんだから」
「うー、いやだー」
 プロイセンは駄々をこねる子供のように、机の下で両足をばたつかせた。
「まあまあ。行けばハンガリーに会えるじゃん」
 ザクセンはプロイセンの肩を軽くぽんぽんと叩いて宥めるが、逆効果だったようだ。
「馬鹿! ソ連にへこへこしてるとこ見られるんだぞ!? 上司命令とはいえ、くそっ、冗談じゃない!」
 プロイセンはぎりっと歯を噛んだ。ザクセンは妙に優しい目つきで彼を見つめた。
「大丈夫、いまさらカッコつけなくても、おまえはもともとそういうやつだって彼女きっと知ってるよ。だからなんとも思わないって」
「何のフォローにもなってねぇぇぇ! むしろ追い詰めてるだろうがそれ! おまえもしかしなくても俺のこと嫌いだろ!」
「いや、おまえが大好きだよ、プロイセン? うん、愛してる愛してる。ほら、投げキスしちゃうくらい好きだって」
 ザクセンはおどけて本当に投げキスをして見せた。が、肝心の相手は机にキスしそうな勢いで落ち込んでいた。
 さすがにザクセンも弱った様子で頬をぽりぽりと掻いた。
「うーん……あ、そうだ、会議って確か軍の制服着てくのが慣例だったよな? 最近シビリアンに扮した日々が続いてておまえ欲求不満そうだっただろ。久々に制服着れるってことじゃん? おまえ大好きだろ、軍服」
 苦し紛れにプロイセンが好きそうな話題を出してみたが、やはりここでも墓穴だった。プロイセンは濁った目でぎょろっとザクセンを見やると、口を尖らせた。
「そりゃ、自分ちのならな……けどあの会議、なんか知らんが全員揃いの制服着るんだぞ。意味わかんねえ。学生かよ」
「まじで? 何のために?」
「知らん」
 はあ――――っ、とプロイセンはひときわ長嘆してから、我慢できないとばかりに叫んだ。
「ああああああ、もうっ、何がいちばん嫌ってさぁ、デザインがソビエトセンスなんだよ! なんかそこはかとなくイケてねえの! 超嫌だ! だってダサいんだもん!」
「おい、声がでかいぞ」
 しーっとザクセンが自分の唇に人差し指を当て、静かにしろと合図を送るが、プロイセンに聞く気はない。むしろそれに刺激されたようにさらにボリュームを上げる。
「どうせ小声にしたって筒抜けなのは変わらねえだろ。だったら言ってやるさ、あれは俺の趣味じゃねぇぇぇぇ! 普通にそれぞれ自分とこの服でいいじゃん、なんでわざわざあんなダサいのに着替えないといけないんだよ。あのセンスは耐え難いもんがあるぜ。ってか、もう全員お揃いでもいいからせめて俺にデザインさせろ! もっとかっこよくしてやるからさぁ!」
 プロイセンは思わず立ち上がって力の限り声を張り上げた。ザクセンはもう彼を抑える気はないらしく、自分のデスクで頬杖をついていた。
「ああ、なんかそういう叫び聞くと、やっぱりおまえはおまえだなあって安心するわ。穏便な発言じゃないけど」
「あー、会議のこと考えるとほんと憂鬱だ。なんか欠席できる方法ないか?」
「まあ、行きたくないのはわかるけど、ここは出ておくのが無難だって。下手打って二度と帰省できなくなったら嫌だろ。あるいは逆に実家軟禁とかな」
 コーヒー冷めるぞと言われ、プロイセンはようやくマグカップ存在を思い出し、取っ手に指を引っ掛けた。そして、眉間に皺を寄せたまま口をつける。
「……どっちもごめん被るぜ。はあ……仕方ない、腹くくって行くか」
 しかし動作には気乗りしないのが現れるらしく、先ほどからばたつかせている足の勢いは増す一方だ。ついにつま先がデスクの裏を叩き出す。途端に、彼の机が跳ね踊る。
「机蹴るならちょっとは手加減、いや、脚加減しろ。おまえのキック力に耐えられるほど、ここの備品は丈夫じゃないんだ」
 ザクセンが注意してもプロイセンはしばらく自分の机を蹴り続けていた。が、備品破損の書類と申請書を作成する煩わしさを避けたいと考える冷静さは残っているようで、なんだかんだで加減はしていた。
 一応落ち着いたらしいプロイセンを見届けると、ザクセンは質問した。
「会議っていつなんだ?」
「来週の火曜」
「そっかー、まあがんばれよ」
「おー」
「せっかくだしハンガリー飯にでも誘ったら? 彼女も疲れてるだろうし、気晴らしになるんじゃないか?」
「保護者が見守る中で? ガキじゃあるまいし、やなこった」
 保護者、というのはつまるところ、自国から引っ付いてくる監視官である。
「それは仕方ないじゃん。こういう社会なんだからさあ」
 そこはもう諦めろ、とザクセンは苦笑した。

*****

 結局プロイセンはその日一日覇気のないまま仕事を終えた。ザクセンは片付けはやっておくから、と言って彼を見送ってから、遅れてオフィスを出た。
 職場近くの集団住宅に間借りしている自室に帰ると、彼は着がえもしないで真っ先に電話の受話器を手に取った。十回ほどむなしくコール音ばかりが鳴り響く。しかし彼は粘り強く待った。
 やがて、相手が応答した。ちょっと警戒した声音だったので、彼はことさら明るく挨拶した。
「あ、もしもしハンガリー? ザクセンだ。悪いね変な時間に。ちょっと話できる? ハンガリーさ、来週の例の会議出るんだろ?――うん、そうそう、こっちからはあいつが出るよ。でさ、あいつこっち来て以来なんか調子おかしいからさ、気分転換に飯にでも付き合ってやってくれよ。ボランティアのつもりで」
『調子おかしいってどういうふうにおかしいの? あいつ、ある意味常にテンションおかしいじゃない。それに、私もいまはあんまり体調よくないんだけど……ああ、これ以上は言わないでおく、絶対盗聴されてるもの』
 ハンガリーは静かに、しかし唾棄するような声音で言った。そのとき、ザザッと砂嵐が発生したかのような音が通話中のふたりの間に響いた。ザクセンは苦々しい笑いを漏らした。
「なんかいま電話にノイズ入ったな……もうちょっといい機械使えばいいのにな。予算がないのか技術がないのか……。ああ、それがさ、あいつのことだけど、なんか気持ち悪いくらいデスクワークもりもりやってんだよ。想像できるか? あいつがだぞ? まあ、文句はきっちり言ってるし、合間に筋トレもするんだけど。でも、今日は筋トレに走らなかったんだ、ずーっとおとなしくデスクワークしてた」
『それは……異様だわ』
「だろ? 俺も正直気味悪くってさ、いや、仕事してくれるのは助かるんだけど」
 なあ、俺を助けると思って、とザクセンが頼み込むと、しばしの沈黙のあと、呆れたような困ったようなハンガリーの声が受話器越しに届いた。
『……仕方ないわね。でも、保護者同伴よ?』
「きみのすばらしい奉仕の精神に、同志たちも感激すると思うよ」
『まったく、手のかかるやつね』
 ハンガリーに約束を取り付け、ザクセンは通話を切った。
「さて、裏工作はこれでいっか。密告されるような内容でもないし、大丈夫だよな……? 来週の水曜日にはちょっとは元気になってるとこ見れるといいんだけど」
 とりあえずあと何日かはへこんだあいつの相手をしないといけないか。ザクセンはため息をつきつつ、ようやく部屋着に着替えはじめた。


普が失礼な評価をしている制服は、実在のものとは全然違うものを指していると考えていただけたら幸いです。

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