ちょっと品性に欠ける話ですので、苦手な方はご注意ください。
プロイセンとザクセンがエロ本ではしゃいでいます……。
何十年か前のプロイセンとザクセンの話 7−1
再提出を命じられた書類の束を前に、ザクセンは憂鬱な気分でうなっていた。このクリップを外し、訂正やら修正やら加筆やらを求める上司の走り書きメモを見るのが嫌で仕方ない。紙面をめくる前から、相当大量に書き直しを食らっていることは想像に難くなかった。この束の異様な凸凹感。これは至るところに付箋が貼られているためだろう。ピリオドひとつ打ち忘れただけで付箋に注意を書いて突き返してくるなんて、あの上司、病気なんじゃないか?
「うーん……ひゃくよんじゅうろくまい……だめだ、読み返す気なくなる。プロイセンに手伝ってもらうか」
ザクセンは手元の書類を机に置くと、他力本願百パーセントの心意気で、同僚が戻ってくるのを待った。三十分ほど前、内線で郵便物の受け取りに呼ばれたプロイセンだったが、それきり戻ってくる気配がない。何か検閲で引っかかるような投函があったのだろうか。あるいはタブーの相手と文通でもしていて、それが発覚したのだろうか。はたまた表沙汰になっていないだけで、実は時限爆弾が送られてきたとか……? だとしたら、いまごろひそかに解体作業に従事させられているのだろうか。爆発物取り扱いの知識はあるはずだが、彼のことだから、解体よりも誘爆による爆破処理を考えるかもしれない。いや、きっとそうするに違いない。
――と根拠もなく悪い方向へ悪い方向へと被害妄想を展開させたザクセンは、サーッと血の気を引かせた。
何の退避勧告も出ていないが、秘密裏に処理という可能性だって十分ある。こうしている間にもプロイセンは作業を進めているかもしれない……?
ザクセンは書類をデスクに叩きつけると、大慌てで立ち上がった。反動で椅子が後ろに倒れる。
「だ、駄目だプロイセン、ここには妻や子供を抱えた職員だっているんだ! 早まるな、プロイセ―――ンっ!」
椅子の脚に引っかかって転倒しそうになりながらも、ザクセンはドアに向かって走ろうとした。プロイセンを探し、止めなければならないという使命感に駆られて。
彼がノブを手に取ろうとしたそのとき。
「呼んだかザクセン?」
一瞬早くノブが回り、扉が開かれた。
「うわ!?」
勢い余って突進するザクセン。
「ちょっ――いきなりなんだよ。危ねえな」
結構な勢いで衝突したが、現れたプロイセンは右足を一歩後退させて反動を緩和させ、難なくザクセンを受け止めた。
思わず目を閉じていたザクセンは、頬に当たるざらざらとした感触を不思議に思いながらそろそろと瞳を覗かせた。壁ほどではないがなかなか硬い。なんだろう、と思うと、真上には同僚の顔。
「あれ? プロイセン?」
「おう」
ザクセンは身を起こしてはじめて、自分がプロイセンに寄りかかっていたことに気づいた。頬に感じたのはワイシャツの布地の肌触りだったようだ。とすると、硬いものの正体はプロイセンの胸筋だったのか。相変わらずよく鍛えているな、とザクセンは場違いにも感心した。
二、三歩後ろに下がって改めてプロイセンの全身を眺めると、一時退室していったときと同じ、普段の仕事着だった。防護服は見当たらない。
自らのぶっ飛んだ想像という名の思い込みにとらわれていたザクセンは、いつもどおりのプロイセンの様子にほっと胸を撫で下ろした。
「なんだ、無事だったんだ」
「……? そりゃ無事だが……何言ってんだおまえ? ダンボールひと箱運ぶのがそんな重労働か?」
プロイセンは怪訝に眉をしかめた。ザクセンの言動がおかしい。
何かあったのかと首を傾げるプロイセンをよそに、ザクセンはぶつぶつと独り言を繰り出す。
「普通に荷物取りに行ってただけか。なーんだ、心配して損しちゃった」
「俺、出てく前におまえに行き先と用件ちゃんと告げてったよな?」
聞いてなかったのかよ、とプロイセンが腰に手を当てながら呆れる。無断で出て行ったわけではないというのに。
「あー、うん、郵便取りに行ったんだっけ? いや、でも、それにしちゃ遅くなかった?」
プロイセンの手元や脇を見るが、封筒の類はない。本当に呼び出しどおりの用件だったのかと、ザクセンが疑惑というよりは心配そうに首をひねる。プロイセンは廊下を振り返りながら、ドアの真横の壁を親指で指し示した。
「まあ、量が量だし、ちっと書類の手続きもあったし」
壁際には、じゃがいもが十キロくらい収まりそうなサイズの段ボール箱が置かれていた。
「これ持ちに行ってたんだよ」
と、彼は廊下の床に膝をつくと、段ボール箱の両脇を持って少し浮かせ、底に手を差し込み、
「よっと」
軽々と持ち上げた。
キャパシティの限界まで詰められているらしい箱は、本来なら平らであるはずの側面がいびつに膨らんでいた。何が入っているのかは不明だが、かなり重量がありそうだ。もっとも、プロイセンの顔を見る限りでは空箱を抱えていると勘違いしそうだが。
彼は部屋に入ると、自分のデスクの上に箱をどすんと置いた。にわかに床が悲鳴を上げ、デスクの脚が軋んだ。
「なんなんだよこれ?」
「ん? 本」
好奇心のまなざしを向けてくるザクセンに、プロイセンは簡潔に答えた。そして、ビーッと鋭い音を立てながら、乱暴にガムテープを剥がす。粘着質なごみを丸めて捨てるプロイセンに先立って、ザクセンが段ボール箱を開いた。上部に乗せられた梱包剤を取り除くと、彼は驚きに目を見開いた。
「わ、大量。何これ、向こうの書籍?」
中には雑誌と思しき書籍が、隙間恐怖症を疑いたくなるような詰め込み具合で収まっていた。大方、西側の出版物でも取り寄せたのだろう。しかし、いくらなんでも多すぎる。
「一気にこんなに届いたのはじめてじゃね? おまえ、何買ったんだよ」
梱包用の緩衝剤を取り払いながらザクセンが尋ねる。
「まあ、本っつても中身のないブツばっかりだからな、内容がない代わりに量が増えるんだ」
「何頼んだんだよ」
と、プロイセンはそこで段ボール箱の中に手を突っ込んでにやりと口の端をつり上げると、
「エロ本」
楽しげに答えを言いながら、おもむろに一冊、雑誌を取り出した。
出てきたのは彼の言うとおり、いかにもな雰囲気の表紙とタイトルの薄いカラー雑誌だった。
「え! まじで!?」
ザクセンが黄色とピンクの入り混じった高い声を上げる。それにつられるように、プロイセンもはしゃいだ声を立てた。
「おう! せっかくの機会だからここぞとばかりに購入してやったぜ!」
「まじまじ!? え、どんなのどんなの、向こうのって!? ウチのアングラよりすげえの!?」
足を軽く跳ねさせながら、箱の縁に手を掛けて中を覗き込むザクセン。さながら思春期の少年である。プロイセンはまあ落ち着けと気取ったジェスチャーで示すが、その表情はたいそう素直だった。
「さあ。とりあえず注文できそうなもんは片っ端から頼んどいたからな、何が入ってるのかわからん。俺もまだ見てねえんだよ。おまえも見るか?」
「見る!」
久しぶりに楽しい方面での刺激が手に入ったことに大はしゃぎのザクセンだったが、ふいに奇妙な点に気づいた。
「ん?……なあ、ここの住所宛に届いたってことは、職務用……つまり経費で購入したってことだよな? いったいどうやってちょろまかしたんだよ? 悪いやつだなー」
ザクセンは半眼になりながらプロイセンの二の腕をつんつんと突付いた。しかしプロイセンはすまし顔で朗らかに笑った。
「はっはっは、何を言う、着服なんざしてねえぞ。俺はきわめてクリーンだ。ちゃんと正規の手続きでもって費用を落とした。だから受け取りに時間がかかったんだよ。しかし、どうよこの潔癖さ。清浄とさえ言っていいくらいだ。党の模範だろ」
胸を張るプロイセンだったが、ザクセンの視線は疑惑で満ち溢れている。
「ほんとに? よく許可降りたな。経費で落とそうと思ったら、申請書類提出しなきゃいけないんだろ?」
「ははははは、この俺の頭脳と手腕をもってすればちょろいもんだぜ。誇りある我が国の健全たる社会繁栄のため、西側の社会や文化がいかに退廃を極めているのかを暴き、民衆に知らしめ、啓発したいから、まずはそのための参考文献集めをさせろ、論証にはまず情報が必要である!!――」
と、彼はここまで拳を握り固めて力説すると、次に急にトーンを落ち着けて話を続けた。
「――といった主旨の請願書を、三十枚くらいの小論文形式でまとめて、飽きずに七回くらい提出したら、ゴーサインが出たってわけ」
ふっ、と不敵に笑うプロイセン。ザクセンは感動に目を潤ませた。
「おまえすごいな! 超頭いいじゃん! どう考えても才能の無駄遣いってか悪用だけど!」
「おうよ、俺は頭いいからな! こんくらいお手の物だぜ! はははははは!」
「さすがずる賢さを競わせたら右に出るものはないと鳴らしただけのことはあるな!」
「もっと褒めろザクセン! 俺の功績を讃えるんだ!」
「ああ、讃えるさ、プロイセン!」
ふたりは興奮のままに声のボルテージを上げていった。
もしもこの場に女性がいたとしたら、軽蔑を通り越して憐憫の目でもって、男って馬鹿……と評されていただろう。そしてそれはきっと真実に違いない。
――そんなこんなでひと通り盛り上がったところで。
「うし、じゃあさっそく品定め……じゃね、レポート作成のために資料を閲覧していくか」
すっかり仕事の顔に戻ったプロイセンが雑誌をデスクに陳列し始めた。
「どれどれ……おー、豪華だなー」
わくわくしながら眺めるザクセンの傍らで、プロイセンがさっそく一冊手に取った。
「俺これにする」
「うわ、わかりやすっ!」
「なんだよ」
「だって、表紙の女、胸でかいじゃん」
彼が手にした雑誌の表紙では、栗毛のロングヘアの女性が典型的なセクシーポーズを決めていた。胸が強調されたアングルで、ある意味で完全無欠の正統派だと言えた。
うへー、と生温かい笑顔を向けてくるザクセンに、プロイセンがひとの趣味にけちをつけるなと口を尖らせる。
「悪いかよ」
「いや、シンプルでいいんじゃね?」
ザクセンは適当にコメントを返しつつ、自分も雑誌の物色をはじめた。こんなに楽しい気分で仕事をするのは、ここに就業して以来はじめてかもしれない。
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