ひとによっては生理的な気持ち悪さを感じられるかもしれない内容なのでご注意ください(ギャグですが)。独がある意味すごくかわいそうな被害者です。
ザクセン話7−2と微妙にリンクしているような……?
手洗いはきちんとしましょう
動揺のあまり言わなくていいことまで白状してしまいそうになる口を鋼鉄の理性で押さえ込み、プロイセンは開き直ったかのような不敵な笑みを浮かべると――
「おう、勝手に開けさせてもらったぜ。実はエロ本がほしくてな」
あっさりと認めた。信憑性のありそうな言い訳つきで。
さすがにクローゼットの中で親戚と隣人が格闘していたとは想像できないだろうが、几帳面なドイツなら、クローゼットの衣類の整列が乱されたことには気づくかもしれない。そう予想したプロイセンは、あらかじめ抜け道を考えておいたのである。いかにもドイツが疑わなさそうな内容の嘘を。
「普通に買ってくればいいだろうが」
案の定、ドイツはあっさりと信じた。プロイセンはドイツの中の自分像を悲しむどころか、さすが俺、こいつの心理なんざお見通しよ、と得意げだ。
「ふっ、わかってねえなあ、おまえは。こういうのはひとのをチラ見すんのが楽しいんじゃねえか。」
「そういうものなのか……?」
首を傾げるドイツに、プロイセンは力強く、そういうものだ、と断言した。もっとも胸中では、おまえに趣味にはときどきついていけん、とぼやいていたけれど。
一方ドイツは理解に苦しみながらも、プロイセンに押されるとなんとなくそんな気がしてきてしまった。
「ま、結局見つからなかったけどよ。どこに隠してんだ、このムッツリめ」
プロイセンはからかい口調で二の腕をつんつんと突付いた。ドイツは呆れながら肩をすくめた。
「少なくともおまえに荒らされそうな場所にはないと思うぞ」
「よし、なら今度探し出してやろうじゃねえの。そんでもって、アングラなゲイポルノにすり替えといてやる。ははは、楽しみにしてろ。俺はやるっつったら絶対やってやるぜ」
「やめてくれ」
「なに言ってんだ。いまさらそんなもんでびびるようなおまえじゃねえだろ」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「ドSの変態ムッツリ」
寸分のためらいもなく言い切るプロイセンにドイツが小難しげな顔をしながら言葉に詰まったのは、心外だということなのか、はたまた指摘された内容に対して自覚があるということなのか。プロイセンはにやにやと愉快犯的な笑みを浮かべていたが、ふと閃いたように両手を軽く打ち合わせた。
「あ、もしかして紙媒体やめて全部パソコンのデータに入れてあるとか? このエコマニア、こんなとこでもペーパーレスかよ。うし、今度ハックしてやる」
「それは犯罪だ」
話半分にあしらいながら、ドイツは踵を返した。確かにプロイセンはドイツをからかうことに余念がないが――逆に言うと、ドイツが本当に嫌がることはしてこないので、からかわれる以上の被害はないだろうと予想がつく。そのあたりは信頼できる相手ではある。まあ、それはそれでおもしろくないことが多々あるのだが。
「どうした? どっか行くのか?」
「いや、ちょっと気になって」
ドイツはクローゼットの前で足を止めると、扉を開けて中を確認しはじめた。
「そんな調べなくたって大丈夫だって。だいたい元通りに直しておいたからよ」
「しかし、ガサ入れされたと知ってそのままにしておくのは気持ちが悪い」
「そーかよ」
「おまえだってそうだろう」
気のなさそうなプロイセンの返事にドイツが振り返る。と、プロイセンは頬杖をついてあくびをかみ殺しながら答えた。
「俺はよくも悪くもそういうの慣れてっからな。昔は日常茶飯事だったし。や、そんな昔ってほどでもねえけど」
彼の言葉は、ハンガーを数えるドイツの手をはたと止めた。彼の言う昔がいつを指すのか、日常茶飯事が何を意味するのか、察するのは容易だった。
「ああ……そういえばそうだったな、おまえは」
よくも悪くも、と言ったが、確実によくはないだろう。監視生活に順応するなんて。
プロイセンが時折ぽろりと漏らすあまり穏やかではない発言を聞くたび、ドイツはなんとも言えない気まずさを覚えた。普段は以前と変わらないように見えるだけに、余計に。
どうコメントを続けれるべきか迷い、結果的に沈黙に陥っているドイツに気づいたプロイセンは、少々すまなそうに苦笑した。嫌味やあてつけのつもりはなかったんだぜ。そんな声が聞こえてくるようだ。
「なに変な顔してんだ。まあ好きにしろ。調べたきゃ調べろよ。別になんも盗ってねえからよ」
「それは疑っていないが、やはり落ち着かないんだ。いっそ何も知らなければいいのだろうが……」
ぶつぶつとぼやきながら、ドイツは再びクローゼットの中に上半身を入れて、整理し出した。図体の大きな男の背中が猫背気味にちぢこまってクローゼットに突っ込まれている光景はシュールだった。プロイセンは彼の背を眺めながら、自嘲気味に息を漏らした。
「何も知らない……ねえ」
確かに、そのほうが幸せだというのは、よくあることだ。
ちょっと前までその場所で何が行われていたかなんてことを知った日にゃ、こいつ卒倒するだろうな。
不本意にもフランスと取っ組み合った空間をあれこれ探索されるのに緊張を覚えたプロイセンは、そろりと立ち上がってドイツの背後まで移動した。後片付けは済ませてあるが、いざ調べられると心配になる。プロイセンは、クローゼットに収められていたドイツの衣類および自分が持ち込んだ衣類の枚数と並び順、分類法を頭の中で反芻した。この手の几帳面さはお互い勝るとも劣らないので、抜かりはないはずだが……。
しかし、何かこう、重要なところを見落としているような気がしないでもない。プロイセンは胸のうちにざわめきを感じながら、作業を続けるドイツの手元を背後から覗き込んだ。
「ん……? おい、なんだこれは?」
ドイツが、バランスを取るためにクローゼットの内壁に当てていた左手をそろそろと引っ込めながら尋ねてきた。
「どうした?」
プロイセンが聞き返すと、ドイツは親に問われた子供のように、素直に左手を差し出して見せた。その指先や手の平には液体がいくらか付着し、鈍く光を反射していた。
「これ……壁面がところどころ濡れているみたいなのだが。……大分乾いているようだが……」
「へ?」
ドイツの報告に、プロイセンは一瞬呆けた。
それって。それって――。
なんて失態だ、底面の掃除に気を取られ、壁面にまで気が回らなかった。
「む? 何かこびりついているな。なんだこれは……?」
探究心を刺激されたのか、ドイツは再度手をクローゼットの壁に這わせて確かめた。そうしてから引っ込められたドイツの手は、先ほどよりさらに何かで汚れている様子だった。
「うげぇ!?」
プロイセンの口から素っ頓狂な悲鳴が上がる。
ちょ、おま、なに触ってんだ!!
叫びたいが、驚愕のあまり声にならず、ただ口をぱくぱくと開閉させることしかできなかった。衝撃に硬直するプロイセンの傍らで、ドイツは意図せずさらに大胆な行動に出た。
「いったい何をしたんだ? 吸湿剤が漏れたのか……?」
不可解そうに眉根を寄せながら、彼は乾きかけた液体の付着した自分の手を嗅いだ。鼻先一センチもないような距離まで近づけて。
「何のにおいだ? 薬品っぽくはないが……」
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
両手で頭を抱えながら、血の気を引かせるプロイセン。やめろ触るなあまつさえ嗅ぐな。一刻も早く拭くんだ。そうそう指示したいが、素直に事情を説明するわけにもいかない。どうすりゃいいんだと惑乱しながら、プロイセンは思考の時間稼ぎとばかりにひたすらその場で喚いた。
「お、おい、どうしたんだ、さっきから?」
プロイセンの尋常ではない様子にさすがのドイツもうろたえ気味だった。プロイセンは自分の手が汚れるのも構わずに、ドイツの手をぐっと握り、顔から遠ざけさせた。
「そ、そこまでにしとけ! な、なんかヤバイ液体だったら怖いだろ。わ、悪い、俺もなんなのかわかんねえけど、多分さっき吸湿剤か防虫剤を壊しちまったんだと思う。悪かった。だ、だからさ、とりあえず手ぇ洗いに行こうぜ……?」
慌てふためくプロイセンに気圧されたドイツは、なかば反射的に同意しつつ、
「それもそうだな。少々べたつくし。しかし、いったい何のにおいなんだこれは……? 知っているような知らないような……?」
やはり手の付着物が気になるようで、プロイセンに掴まれたままの手に顔を近づかせ、しきりににおいを嗅いだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ! やめろぉぉぉぉ! 穢れるぅぅぅぅぅ!」
「な、なんだ急に?」
迸る絶叫に一瞬びくんと首をすくめるドイツ。何がなんだかさっぱりわかっていないであろう、きょとんとした顔を前に、知らないってことは幸せであり恐ろしくもあるな……とプロイセンはしみじみ感じた。
「い、いや、だからさ、ヤバイ物質だったら危ないじゃん?」
苦しい主張をするプロイセンに、ドイツが真顔で応じる。
「人体に有害な物質は使用されていないはずだが。しかし、もし妙な化学反応で危険な物質が生成されてしまったとしたら健康被害が懸念されるな。あとでメーカーに掛け合ってみるか」
「いや、それはさすがに考えすぎなんじゃね?」
放っておいたら無駄に事態を大きくしかねないドイツに、プロイセンがストップを掛けようと試みる。が、ドイツの中ではすでに環境汚染という重大テーマが持ち上がっているのか、会議さながらの真剣な面持ちだった。
「ひとまずこれはサンプルとして保存しておくか。倉庫にシャーレがあったと思う。取ってきてくれないか」
「いいからさっさと手を洗えっての!」
「しかし、こういうものはきっちり採集しておかないと――」
「ああ、もう! いい子だから手ぇ洗おう!? な!?」
「お、おい……」
痺れを切らしたプロイセンは、有無を言わせぬ力でドイツの手を引っ張り、そのまま階下の洗面所へと連行した。そして、ドイツの手をハンドソープで洗ってやると、清潔なタオルで乱暴に拭き、その上消毒液まで振り掛けた。
子供じゃあるまいし、手ぐらい自分で洗えると思いながらも、プロイセンの剣幕に圧倒されたドイツは、成すがままに彼の奇妙な行動に従った。
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