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ひとには言えない 3


 しばらく顔を伏せたまま絶賛落ち込みモードに入っていたプロイセンがようやく面を上げると、フランスがその肩に手を置いた。ふたりともいまだ服を着ていない。というより、服の存在を忘れている様子である。
「どうよ? ちったぁ元気出たか?」
 フランスはおもむろに腕を伸ばすと、プロイセンの膝を掴んでちょっと開かせ、その間を覗き込む。隣の男に対し、ひとに言いづらい秘密を力の限り告白したプロイセンは、もはや見られたところで構わないというある種の諦観の念が湧いたのか、隠す素振りもない。
「元気が出ねえから悩んでるんだろうが」
「確かに、愛する我がムスコに元気がなかったら、悲しいよなあ、うん。俺だって悲しいよ」
 フランスのコメントに対し、プロイセンは半眼になって首を回した。そして、フランスの下半身に視線を落とす。
「おまえんとこのムスコには無縁の問題かもしれないがな」
「はっはっは。うちの子は健康優良児だからな」
「くっそー……」
 フランスのちょっとした自慢も癇に障るようで、プロイセンは悔しそうに奥歯を噛んだ。
「まあまあ、別に馬鹿にしたりしねえから。っつーか、これはさすがにネタにはできないだろー、男なら。言いふらしたりしないから安心しな。って、これほかのやつも知ってんの?」
 フランスが聞くと、プロイセンはちょっと考えてからぼそりと答えた。
「ロシアにはまあ……知られてるな。元凶なわけだし」
「ドイツは?」
 フランスがその名を出すと、プロイセンは弾かれたように肩を揺らし、急に声を荒げた。
「い、言えるわけねえだろ! 絶対言えねえ!」
「なんで? 身内だろ?」
 あいつならそういうことでからかったりしないだろ、と首を傾げるフランスに、プロイセンは力説した。
「心配されたくないんだよ! あらゆる意味で! だいたい話して何になるんだ、あの朴念仁に。気の利いたアドバイスが返ってくると思うか? ありとあらゆる医学書読んだ挙句、とんちんかんな治療をすすめてくるに決まってるだろ。それで被害受けるのは俺だぞ」
「確かに……あのクラウツだもんなあ……」
 フランスは顎に手を添えて、納得したようにうんうんとしきりに首を縦に振った。そして、なんとなく思いついて別の質問をする
「そういや、女の子相手ならどうなんだよ?」
 それでも駄目だったのか? と暗に尋ねると、プロイセンはそういうこと言わせるんじゃねえ、と気を立たせながらも答えた。
「そんな恥さらしな真似ができるか! 俺もそうだけど、相手にも恥かかすだろうが!」
「常識的だったり非常識だったり、忙しいやつだなあ」
 一応、女性に対する最低限のマナーは頭にあるらしい。しかし、そんな最悪の事態をシミュレーションしなければならないとは、けっこう重症そうである。
「おおっぴらに触れ回りたいようなことでもねえからな、ほかの連中にゃ言ってねえよ。おまえには……まあなし崩しで知られたな」
「自分から仕掛けておいてそれ言うか?」
「最近は前ほどひどい状態じゃないし、もしかしたらって思ったんだよ。で、試してみようかと」
 さらりと白状するプロイセン。フランスはおどけた調子で肩をすくめた。
「おいおい、俺は実験台なのかよ。ひどいやつだな。俺はそんなに手軽な男かー?」
「なんつーか、おまえ相手だったらたとえうまく行かなくても『まあフランス相手じゃ仕方ねえかな……』って感じで気分的に慰められるからな」
 プロイセンは容赦なくずばずば本音で語った。フランスはさすがにちょっとむかついたらしく、悪巧み顔でにやりと笑った。
「ひでぇなおい。そういうこと言う悪い子は、こうしちゃうぞ」
「え、おいっ……何しやがる!」
 とん、とプロイセンの両肩を押して壁に背をつけさせる。にらみながら暴れようとする動きを封じ、フランスはよいしょと彼の脚に乗り上げて体重を掛けた。
「慰められたいんだろ?」
 都合のいい台詞だけをピックアップして尋ねると、プロイセンはみたび騒ぎ出した。
「おまえさっきまでの俺との会話、脳内全デリートかよ!? 無理だっつってるじゃん!」
「まあまあ。やってみないとわかんないじゃん?」
「わかってるって! 自分のことなんだから!」
 プロイセンは、フランスの手を外そうと彼の腕を必死に掴むが、体幹の姿勢が崩れているために、うまく力が入らない。これはまずい体勢で固定されてしまった、と彼が焦っていると、フランスが耳元でささやきのかたちをとった爆弾を落としてきた。
「そうかな? 前がダメでも後ろならってこと、あるかもしれないじゃん? 試す価値ありかもよ?」
「いやいやいやいやいやいや……無理だって、無理無理!」
「それに、ぶっちゃけ俺もこのままじゃ悔しいし?」
「う、うわぁぁぁ……」
 プロイセンは二度目の悲鳴を上げようとした。しかし。
「はい、叫ばない叫ばない。情緒ないなあ、ほんとに」
「むーっ、むーっ!」
 フランスの手の平に口と鼻を同時に覆われてしまったので、くぐもった声しか出なかった。

*****

 窓から深く差し込む朝日の中で、ふたりはぐったりと憔悴しきった様子でベッドに沈んでいた。ブランケットを胸の高さまで掛けて仰向けに転がるプロイセンは、あー、やっちまった、というように右手で額を覆いながらぼやいた。
「だから無理だって言ったのに……」
 隣では、うつ伏せのフランスが胸の下に入れた枕をぎりぎりと掴みながら、蒼白な顔をしている。
「嘘だろ……この俺が一晩かけてありとあらゆる手を講じたというのに、まったく反応がないなんて……!」
 と、彼はブランケットの端を摘み上げ、中を覗き込んだ。プロイセンはばっと布を押さえてそれを制した。
「覗くな! わざわざ確認するんじゃねえ、結果わかってるくせに! 俺だってむなしいんだぞ! なんでおまえのがショック受けてんだよ。泣きたいのはこっちだっつーの。ったく、無意味に一晩中いじくりまわされてぐったりだぜ……」
「だって、こんなこといままでなかったんだよ! 百戦錬磨のこのフランス兄さんのテクニックが通じないなんて、おまえどんだけすごい聖人だよ! 神の花嫁になれちゃうぞ、おい」
「好きでこうなったんじゃねえよ!」
「ちくしょう、何気にすごいショックだぜ、おまえをいかせられないどころか、たたせることすらできなかったなんて!」
「んなことで大声張り上げて悔しがるな! 最悪だ!」
「俺相手にあそこまで徹頭徹尾淡白っつーか冷静だったやつははじめてだ。おまえすげえよ、ほんとすげえ」
「だから、それ褒めてねえよ!」
 半日近くベッドの上で謎の攻防を繰り広げたふたりは、徹夜明けのためか妙なハイテンションになり、赤裸々な言い合いでヒートアップした。しかしふたりとも疲労がピークに達していたので、長くは続かない。プロイセンは今度こそ本当に衣類を掻き集めると、のろのろと身につけはじめた。フランスはまだ寝転がっている。
「じゃあ、長居したな。帰るぞ。はあ……まさかおまえの家から朝帰りする羽目になるとは思わなかったぜ」
 体よりもむしろ精神的な疲れでふらつきながら、身支度を終えたプロイセンは靴を履いて立ち上がった。
「あ、待てよ、プロイセン」
「ああ?」
 振り返ると、フランスが真剣な顔でぴっと人差し指を立てている。
「後日、もっかいチャンスくれないか?」
「はあ?」
「このままじゃまじで悔しいんだよ! なんかおまえを反応させる方法、あるかもしれないじゃん。俺いろいろ探してみるからさ、また今度試させてくれ」
 フランスは裸のまま起き上がると、プロイセンの肩を掴んで熱心にそう頼み込んだ。プロイセンは冗談じゃない、と手を払った。
「何言ってんだ、お断りだ」
「いーじゃん。うまくいったらおまえの悩みも解決されるわけだし? な、がんばろうぜ、封印されし股間のモンスターに復活の儀式を!」
 プロイセンは拳の握り締めて勝手な誓いを立てるフランスの頭をはたき、
「おまえ、いっぺんロシアになって来い! この色魔が!」
 と言い残して約十二時間ぶりにフランスの部屋を出て行った。
 フランスはさてどうしたものかとしばらくベッドの上で腕組みをして考えていたが。
「こういうの強そうなのっていったら、やっぱあいつだよな……」
 呟きながら携帯電話を取り出すと、ぽちぽちとメールを打ち出した。アドレスとともに表示された名前は――イギリスだった。

*****

 昼過ぎにドイツの家に寄ったプロイセンは、彼と一緒にダイニングで食卓を囲んでいた。じゃがいもをつぶしていると、正面から視線を感じたので、顔を上げる。見れば、ドイツの不審そうな顔がある。
「なんだよ?」
 プロイセンがフォークを動かす手を止めると、ドイツが左手でこちらを指差しながら尋ねてきた。
「なんでフランスの服を着ているんだ?」
「へ!?」
 驚くプロイセンに対し、ドイツは冷静に指摘した。
「そのシャツ、おまえのじゃないだろう。まあいいけどな。病気には気をつけろよ」
「いやいやいや、誤解すんなよ!? これはただ……これは、その……」
 弁明しかけて、なまじドイツの想像も間違いではないことに気づいて言葉に詰まった。しかしこれには深すぎて言えない事情があるんだと、声にならない主張を胸中でする。もちろん、伝わるはずもなかったが。
 ドイツはその話題にはそれ以上の興味を示さず、慌てたプロイセンが振り回しているフォークの先から飛んでくるジャガイモの欠片に注意を移した。
「おい、イモを飛ばすのはやめろ」
「……っつーか、なんでおまえこれがフランスの服だってわかるんだよ!」
「……? そういえばなんでだろうな。なんとなくそう思った」
「な、なんだよその意味ありげな態度は……」
「いや、特に意味もなければ根拠もない発言だったんだが」
 プロイセンは何かショックを受けている様子だったが、ドイツには理由がわからず、その不可解な態度に首を傾げるばかりだった。


露さまに大事なところ取られちゃって以来、駄目になっちゃったプーさんのお話でした。ほんっとにごめん……!

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