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仏普です。
ほぼ徹頭徹尾やってるだけの最低な話です。ごめんなさい!
でも、申し訳ないくらいエロくないです。
全然たいしたことないですが、すごく品がないので高校生以下の方は特にご注意を。
ストーリーもへったくれもない話なので、苦手な方は絶対絶対絶対読まないでください、お願いします。

それでもOKな方は、スクロールどうぞ↓



















爪痕



 フランスの頭を挟むようにして、プロイセンは両腕を突っ張ってソファの背もたれを掴み、膝立ちに近い不安定な体勢でうつむいていた。ともすれば浅い呼吸音が響きそうだったので、彼は奥歯を噛み締めて開口を防いだ。そのために、時折漏れる吐息はかえって長く熱かった。
「ん……は……」
 耐えかねたのか、彼は続けて数回、浅い口呼吸を繰り返した。呼気流が声門を通過する音が、生温かさとともにフランスの耳に届く。
「大丈夫か?」
 フランスは背を支えていた腕を片方離すと、その手をプロイセンの頬に添え、親指で汗をぬぐうように肌をこすった。プロイセンはぎゅっと閉じていた目をうっすらと開くと、
「だから、気ぃ、遣うな。おまえ、まじで、気持ち悪ぃよ」
 途切れがちに悪態をついた。言葉とは裏腹に苦しそうだ。
「もー……そういうこと言うかなー、こういうときに」
 フランスもまた若干息が上がっている。もうちょっと楽な姿勢がありそうなものだが、下手に異議を唱えると殴られかねないので(プロイセンの力でぶん殴られるのは心の底から遠慮願いたい)、とりあえず好きにさせている。様子をうかがいつつ、体を支えたり背を撫でたりしてみたが、そのことで怒る気配はない。減らず口ばかり叩くのは変わらないが。
「おまえが、ん……うるさいから、だ」
「んなこと言ったって、おまえさっきから体がっちがちじゃん? 無理してんだろー。強がったところで、見え見えだぞ」
 フランスはプロイセンの腕を掴んだ。細かい振戦が伝わってくる。と、突然、その肘ががくんと折れた。
「うわ!?」
「っぁ!――っく、ぅん……は……」
 急激なバランスの崩れに対応しかねて、プロイセンは思わずフランスの頭を抱きこむようにしてもたれかかった。彼はフランスの頭髪にぐちゃぐちゃに指を絡めたまま、しばらく短い呼吸を繰り返して耐えた。喘鳴が聞こえてきたので、フランスは自分も息苦しい中、彼の背中を軽く叩いてやった。
「は……おいおい、無理しすぎだぞ」
「そう、思うなら、自分の技術を、疑え。……は……は、ぁ……」
「そういうこと言うかねぇ」
「ん……」
 つらいのか、プロイセンは意図せずフランスの首に腕を巻きつけた。ぐ、と体を内側にちぢこめるようにして。はあ、はあ、という熱っぽい呼吸にあわせて、目の前にある彼の胸や腹が上下する。その動きが小さくなるまで、フランスは待った。
 ようやく落ち着いたらしいプロイセンは、フランスの髪に埋めていた鼻先をそろりと持ち上げた。その感触を受けて、フランスは彼を見上げた。呆れ気味の表情で。
「おまえさぁ、痛かったらちゃんと言えよ?」
「こんくらいで根を上げるような根性なしに見えるか、この俺が?」
 プロイセンは半眼で言ってきた。息を整えたことで少し余裕が出たのか、一息あたりの単語の数が多くなった。
「いや、根を上げるって……あのさあ、我慢比べしてるわけでもなけりゃ、対拷問訓練してるわけでもねえんだから。……ってか、やっぱ痛いのな」
 プロイセンは言葉では認めようとはしないが、これでは肯定しているのと同義だ。もっとも、わざわざ確かめなくても、先ほどからの彼の様子を見ていれば明白なのだが。
 しかし彼はなおも強がるのをやめない。へっと軽い調子で鼻につく笑いを立てると、フランスにもたせかけていた上半身を起こした。
「騒ぐほどのもんじゃねえよ。鉛弾が埋まるほうがよっぽど痛いだろ。盲管銃創の処置を麻酔なしで敢行されたときは、さすがに悲鳴上げたし泣いたな。あと、腹に金属片が刺さったときも。そうそう、その状態で自力移動して失血死しかけたんだったな。あとでめっちゃ怒られたわ。あー、いまとなっちゃ懐かしい記憶だぜ」
 ちょっと前まで苦しげに喘いでいたのが嘘のように、ぺらぺらとしゃべりだす。しかもいきなり戦時中の話。フランスは呆気に取られ、こんな場面だと言うのに、頓狂な声を上げずにはいられなかった。
「それが比較対象!? 基準の次元がおかしいぞそれは。戦傷と比べるなよ」
「おまえだって経験あるだろ。傷口確かめるっつって風穴に指突っ込まれたりアルコール入れられたり。あれ、超痛ぇよな」
 構わず話を続けるプロイセンに、フランスがぶんぶんと首を振る。
「ちょっ……やめて! そんな血生臭い武勇伝は! お兄さん萎えちゃう!」
「はあ? なに言ってんだ、普通に元気そうじゃねえか。俺に対するあてつけか、この野郎」
 あっさりと指摘されたフランスは、ぎくっとしながら声をすぼめた。
「き、気持ちの問題ということで……」
 プロイセンはふっと息を吐くと、
「まあ、元気でけっこうなこった。おら、さっさと動け。今度はおまえが働く番だ」
 フランスの肩甲骨のあたりをぺしっと叩いた。やっぱりここでも順番制は健在のようだ。
「なんつーふてぶてしさだよ」
「あん? なんならいまから演劇モードに切り替えてもいいが」
「それはやめて。今度こそ本気でたたなくなっちゃう」
 フランスは長嘆し、ちょっと迷った。希望に沿ってやりたいところだが、さりとて苦痛だけを与えるのは性に合わない。プロイセンは呼吸や心拍こそ乱しているが、肝心の部分は無反応のままなのだ。厄介な体だな、とフランスは改めて同情した。
 と、視界の端に映るプロイセンの腕が背もたれのほうに伸びているのが見えた。ソファの布をぐっと握る手の甲は、浅いところを通る静脈がぽこんと浮いていた。意識してるのかしていないのかは不明だが、かなり力んでいるようだ。
 フランスはおもむろに彼の前腕を背もたれから離させてから、前触れもなく肩を横方向に強く押した。支えを失っていた彼の体は、力を加えられた方向へあっけなく倒れた。
 ぽすん、と右半身を下にしてソファに衝突すると同時に、プロイセンは短い悲鳴を上げた。
「あぅっ!……ん、は……て、てめ、何しやがる」
 スプリングの利いたソファのマットに手の平をつき、プロイセンが鋭い目つきでにらんでくる。フランスは彼の脚を腕で支持しながら、
「ごめんごめん。でも、いい加減脚とか腕とか痺れてるだろー」
 と背中を完全にソファにつけさせてやる。端のアームレストの横にはクッションが置いてあるので、首筋を違える危険は少ないだろう。
 ゆっくりと体勢を換えられ、プロイセンは再び息を乱した。
「う、ん……」
「ん……おまえ、口は悪いけど反応はかわいいのな」
 フランスは上体を倒してプロイセンに顔を近づけた。今度はフランスのほうが見下ろすかっこうだ。クッションに埋まった彼の金髪頭を上から軽く押さえるように撫でる。
「あぁ……?」
「でもやっぱ、無理してんのわかっちゃうなあ。全然緊張取れてないだろ。痛いの差っ引いたとしてもさ」
 いまにはじまったことではないが、どうにも体が強張っている。フランスが指摘すると、プロイセンは機嫌を損ねたように、あからさまに背もたれのほうに目を逸らした。微妙に赤く腫れたまぶたやら白目の充血やら、いまさら隠したところで意味はないのだが。
 フランスはしばし待ってみたが、一向にこちらを見る気配のないプロイセンに肩をすくめた。そして、はあ、とため息をひとつ落とすと。
「……一旦やめるか?」
 この期に及んでそんな提案をするフランスに、プロイセンはばっと顔を上げると、犬歯を剥き出した。
「てめ……あんだよ、怖気づいたのかよ。俺は平気だぞ」
「どこまで頑固なんだ、おまえは――って、いだだだだだだ!? ちょ、やめてプーちゃん! あんま力入れないで! フランスの大事なとこがやばいって! うちのムスコあんまいじめないで!」
 強硬手段に出たプロイセンに、今度はフランスが悲鳴を上げた。
「おまえがあまりに情けない態度を取り続けるからだ」
「半べそのやつが言う台詞かねえ……」
 フランスはやれやれと首を緩く振りながら、クッションの横に放られたプロイセンの左手を掴んだ。強く把握された拳は、なかなか開かない。何度か指の関節を突付くと、ようやく少し力が緩む。フランスは自分の指を彼の指間に滑り込ませると、手の平を強引に開かせた。意図してのことではないのだろうが、かなりの抵抗を感じる。
「あーあー……もう、手の平に爪の痕なんかつけちゃってさあ。体屈曲させるのって逃避っつーか防衛反応なんだろ?」
 無理してる証拠じゃん、とフランスが言うが、プロイセンは否認する。
「知らん」
「嘘つけ。得意分野だろ」
 と、フランスが少しばかり彼の脚を浮かせて体重の掛かり方を変えると。
「っく……」
 びくん、とプロイセンは肩を内側に縮め、背を丸めた。上肢や手指も一緒に屈曲する。それから、苦しげに息を吐いた。
「ほら、丸まったじゃん」
 フランスがそれ見たことかと指摘すると、プロイセンはむっと唇を曲げた。
「おまえさっきからしゃべりすぎだろ。デリカシーなさすぎって言われねえ?」
「いやあ、おまえよりはあるだろ」
 フランスは一息つくと、改めてプロイセンに告げる。
「ほんと、無理なら無理って言えよ?」
「大丈夫だっての」
「いまの状況だけ聞いてんじゃないって。ほら、約束しな、きつかったらちゃんと訴えるって」
 フランスはそれ以上ごちゃごちゃ言うことはせず、相手の返答を待つ構えを見せた。根負けしたプロイセンがぼそりと呟く。
「……わかったよ」
「うん、いい子だ」
「馬鹿にしてんのかてめえ」
「してない。ほら、そろそろ黙ろうぜ」
 フランスは、プロイセンの指に絡めた自身の手を軽く握った。少し体を動かすと、くぐもった声とともに、プロイセンがほとんど反射的に握り返してくる。
 それでも彼は結局最後まで、フランスとの約束を行使も履行もしなかった。

*****

 重なり合った体温を離すと、外気が思いのほかひんやりと感じられた。フランスはソファの縁に腰掛け、拾い上げたシャツを羽織ながら、隣を振り返った。プロイセンは肘掛に頭を預け、片腕で顔の上半分を覆い隠している。かなり憔悴した様子だ。珍しい。
「なー、プロイセン」
 フランスがプロイセンの脇腹を突付いて呼んだ。プロイセンは身じろぎひとつしないまま、少し湿性のある声でうなった。
「あんだよ、俺はいますごく機嫌が悪いんだ。変に突付くと噛み付くぞ、おまえの大事なとこに」
「恐ろしいこと言うなよ」
 フランスは衣服を身につけると、ぱっとソファから離れた。もっとも、プロイセンが言葉どおりの行動を即実行できるとは思わないが。
 なんだかんだ言いつつフランスに気を遣われたのがよほど気に入らないのか、終わってからこっち、プロイセンは不貞腐れオーラ全開だった。本来、あの程度の運動量でへばるような軟弱な体力ではないはずだが、別の要因も絡んでいるのだろう、ひどくぐったりしている。
 フランスは裸足の脚を靴に引っ掛けると、リビングから出てキッチンに向かった。一分もしないうちにミネラルウォーターのペットボトルを携えて戻る。プロイセンはまだソファで仰向けのままだ。
 疲労に沈む彼の額にペットボトルの側面を当てて、フランスが尋ねる。
「なあ、ちょっとは気持ちよかった?」
 プロイセンはボトルを受け取ったが、起き上がる気配はない。
「残念ながらそういう感覚は戻ってねえよ」
「いや、そういう意味じゃなくてさ」
「だったらなんだってんだよ」
 プロイセンは不可解そうに眉をしかめると、頭の先にいるフランスを目線だけで一瞥した。フランスは、プロイセンが頭を預けているアームレストに浅く腰掛ける。
「んー? 人肌ってけっこう気持ちいいだろ。セックス絡みじゃなくてもさ」
 言いながら、フランスは自分の手の甲をプロイセンの額にぴとりとつけた。皮膚をかすめるまつげによって、まばたきの動きが感じられる。
 プロイセンは少し間を置いてから、ぽつりと答えた。
「……知ってる」
「そっか。それはよかった」
 フランスはそれだけ言うと、ペットボトルの蓋を開け、渇いた喉を潤した。




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