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身体的 に洪(女性)×普(男性)です。しかしBLです。
直接的な描写はありませんが、きわどいというか下品なので、苦手な方はお気を付けください。
コメディですが洪がひどい男で、普がかわいそうです。

























あいつと俺との間には 2


 とりあえず状況を把握することからはじめよう。俺はそう考えた。
 場所は俺のとこにある図書館の書庫。調べものがあったわけではなく、文献整理の下準備として立ち寄っただけだった。そうしたらハンガリーがいた。出入り 制限は厳しくないから、こいつがここにいても別に問題はない。だから俺も普通に会話していた。
 ……のはずだったのだが。
 問題が発生した。
 俺はいま、書庫の床に仰向けで寝転がっていて、どういうわけかハンガリーに圧し掛かられている。俺が床に転がる原因をつくったのはこいつだということを 考えると、これはつまり、押し倒されているということになるのか。
 なんでどうしてこの俺が!
「ちょ、てめえ、何すんだ!?」
「見ての通り」
 淡々と答えやがった。その間もやつの行動は止まらない。ハンガリーは俺の首元のタイの結び目に指を引っ掛けてきた。
「ちょ……!? 待て待て待て待て! 何だその手は!」
 ここでようやく俺は自分の腕が解放されていることに気が付き、慌ててハンガリーの手を掴んで静止した。するとあっさり手は引いていった。ただし、俺のタ イを道連れにして。襟の裏側をタイの生地が這う衣擦れの音がやけに大きく聞こえた。なんか生々しくて嫌だ。
「なんつーか、もう説明面倒くさくなってきたんだよ、おまえの理解力が乏しいせいで」
 そう答えるあいつの声は、実際に本当に面倒くさそうだった。しかし、説明が面倒という理由からなぜこのような状況が発生するのか。俺の心境を一言で表す なら、ちんぷんかんぷんというほかない。
「おまえの説明力が足りてねえせいだろうが! 責任転嫁すんな! 挙句の果てに暴力たぁ、さすがに俺もキレていい頃合いだよな! くそ、やっぱおまえなん か女じゃねぇ……おまえなんぞに好かれて、オーストリアの野郎もかわいそうなこった。あのなよなよ坊ちゃんに同情するぜ」
 と、ハンガリーの眉がぴくりと動くのが見えた。
「ふん、いまの洞察は鋭いじゃないか。おまえの言うとおりだよ」
「……って、なに縛ってんだよ!?」
 しまった油断した。ハンガリーは一旦引いた手を再び俺の手首へと戻し、俺から奪ったタイとさっき自分の頭から取ったスカーフを悪用し、俺の腕を縛りつけ た。のみならず、運の悪いことに(あるいはこれもあいつの狙いだったのか)書庫の壁際には机が並べられていて、その足に縛った俺の腕をくくりつけた。悪魔 かおまえは。
「おいおいおい、冗談もたいがいにしとかねえと本気で怒るぞ」
「冗談なんかじゃない。必要だからやってるんだ」
「はあ?」
「仕方ないだろ。こっちは身体が女なんだ。男のおまえに本気で暴れられたら、俺が怪我する。だからまあ、先に手を打っておこうかと」
「俺を暴れさせる原因をつくってるの、おまえだろうが! ちょ、痛い痛い痛い! 手首ちぎれる! やめろよハンガリー!」
 どういう動きをさせられたのか視覚的にはわからないが、妙な具合に力が手首に加わり、筋を引っ張られるような痛みに俺は声を上げた。幸い、あいつもそこ まで無茶はしなかったので、すぐに無理のない位置に腕を戻してもらえた。だからといって事態が好転したわけではまったくなかったが。
 この時点ではすでに俺のほうが力があったから、本気になればこいつを押しのけて逃げられたはずだ。手首の拘束も、しばらく腕が使い物にならなくなるリス クはあったが、やろうと思えば引きちぎるなり机ごとぶん回すなりできたのではないかと思う。
 ああ、なんでそうしておかなかったんだ、若き日の俺!
 ……いや、原因はわかっている。戦時でないときに女相手に力押しはしたくなかったということと、もっと単純に、ハンガリーの表情に絶えず苦悩のかすかな 影がちらついているのがどうしても気になったからだ。正直なところこの時点ではまだあいつの告白が意味する本質的な問題提起を理解していなかったのだが、 こいつなりに悩んだ結果、打ち明けようと思った相手が俺なのだと思ったら、逃げ腰になるのは間違っていると感じた。まあ、その判断が間違っていたのだと、 何もかもが終わってから思ったけどな。
 ともあれ、物理的な力以外の要素によって俺はハンガリーをぶっ飛ばせなかった。あいつは俺が本気で抵抗しないと読んでいたのだろうか。あるいは、こうい うときくらい女扱いしないで殴り飛ばすくらいの態度を期待していたのだろうか。いや、それ以前の問題として、こんなのは間違っていると諫めてやればよかっ たのか。
 まあ、後悔しても仕方ないな。すべては終わってしまったことなのだ。取り返しはつかない。これは俺の記憶であり回想だ。過去に介入するのは不可能だ。過 去の自分にああしろこうしろと言うことはできない。
「プロイセン……ここまで来たら、俺が何をしようとしてんのか、わからないわけないよな?」
 手の早いことに、ハンガリーは俺の上着とその下の開襟シャツのボタンをきれいに外してくれていた。
 おまえが何をしようとしているのか。
 ああ、まあ、想像がつくな。これってすごくまずいシチュエーションだろ。
「えーと、あの……とってもわかりたくないんですが」
 心臓がばくばくいっていた。神に誓って言えるが、けっして何か色っぽことを期待したわけじゃない。ただひたすら、やべえ俺ピンチ!――と感じていただけ だ。背中に嫌な汗がじんわりとにじんでは流れていくのが感じ取れた。
「さっきの話の続きだけど、俺はオーストリアさんに、こういうことしたいと思ってんだ。いやまあ、縛りたいわけじゃないけどさ。これでわかっただろ?」
 いやわからん。むしろ混乱が深まるばかりだ。
 ていうかやっぱりここでもオーストリアの話かよ。別にいいけどな。もともとそういう話をしていたんだし、そもそもやつの話題を出したのは俺のほうなんだ し。
 うん。まあなんだ。話に上るだけならまあいいんだけどよ……。うん、いいんだけどさ……。
「それをなんで俺にするんだよ!? だったら素直にオーストリア相手にやれよ!……って、なんで俺がこんなこと言わなきゃならねえんだ……?」
 自分の発言を鑑みて、アホらしくなった。ていうか普通にこれ問題発言だったな。何をけしかけようとしているんだ俺は。
 そしていったい何がしたいんだこいつは。オーストリアが好きなことと、俺を縛り上げて脱がそうとしていることに何の関連性があるんだ。
 頭の回転は早いほうだと自負しているが、理解力のキャパを超えた事態についていけないのはもうどうしようもない。どうすればいいんだと考えるが、パニッ ク状態の頭が妙案をひねり出してくれるはずもなかった。
 と、そのとき、胴体の下のほうに圧迫感を感じた。
「あー、おまえにすらついてるモノが、なんで俺にはねえんだろな……くっそ、悔しい!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ! おまっ、おまっ、ど、どどどど、どこ触ってんだ!?」
 こいつ、ついにやりやがった!
 ひとの股ぐらに手ぇ突っ込むとか、どこの変態だおまえは!
「いいよなあおまえは、生まれたときからちゃんとついてんだろ」
「ひぃっ! 脱がすな触るなこするな! やめろぉぉぉぉぉぉ!」
「ここまで来たら引き返せない。最後まで突っ走るしかない」
「なに勝手に決めてんだ!?」
「悪いがフラストレーション溜まってるんだ、ちょっと解消に付き合ってくれ」
 これまたいつのまにかベルトが引き抜かれていた。早技にも程があるだろ! どこで鍛えてきたんだ!
「付き合えるか! なんなんだよこの状況! 俺の理解の範疇を完全に超えてるぞ! わかるように説明しろ!」
 そう叫ぶと、ハンガリーは淡々と答えはじめた。もちろん手は止めない。角度的に見えないが、やばいぞこれ、絶対下着ずり下ろされた。
「おまえ覚えてるだろ、俺がガキの頃、自分を男だと信じてたこと」
「お、おう……」
 あの衝撃は忘れようもないからな。
「実は、いまもそうなんだ」
「は……?」
「俺は自分を男だと思ってるんだよ。無論、体がそうじゃないってのは理解しているけどな」
 この会話が現代におけるものだったら、ハンガリーの告白が何を意味しているのか察しがついただろうが、当時はそんな概念はなかったので、俺はひたすら首 を傾げるしかなかった。幼少期の誤った認識を修正できないままなのだろうかと、漠然と思っただけだった。
「で、でもおまえ、オーストリアんとこで女の格好して、女っぽく振る舞ってるじゃねえか」
「だって仕方ねえだろ! 俺の頭の中がどうだろうが、見た目は女なんだから、女っぽくしとかなきゃ、おかしく思われるじゃねえか!」
 常識的な言い分が飛び出した。俺に対して現在進行で非常識なことをしているのが嘘みたいだ。
「別にさ、女物の服着て、女っぽい立ち振る舞いをするのはそう苦痛じゃねえんだよ。舞台役者になったとでも思えばいい。ただ、あるとき俺は気づいてしまっ たんだ、自分の中の気持ちに」
 数秒の間を置いてから、ハンガリーが絞り出すような声でぽつりと言った。
「オーストリアさんが好きなんだ」
 苦しそうな声音だった。思わず手を伸ばしかけたが、そういえば縛られているんだった。ま、伸ばした手をどうするかなんて考えていなかったから、この場面 においてのみ、腕を拘束されていたのは幸いだったと言えるかもしれない。
 それにしても、俺は何回おまえの口からその告白を聞かされなきゃならないんだ?
「三回目だぞそれ。……ん? ってそれが何か問題なのか?」
 そこで俺の胸に新たな疑問が湧いた。
「どこに問題がないって言うんだ?」
「おまえがその、オーストリアが好きだとして、やつは野郎で、おまえは女じゃねえか。しかもほぼ一緒に暮らしてるようなもんなんだから、そういう感情が生 じたとしても、特におかしなところはないだろ」
 実に頭の悪い発言をしたものだと、いまなら思う。しかし、当時の医学水準や常識や社会通念からしたら妥当な思考だろう。
 問題の根っこを押さえられずにいる俺に、ハンガリーは呆れかえったため息を吐いた。そこには、理解されなくても仕方ないという諦観も含まれていたのかも しれない。
「やっぱおまえは馬鹿だな。いいか、俺は自分を男だと思ってるんだぞ」
「あ、ああ。で、オーストリアが好きだと」
「俺は男としてオーストリアさんのことが好きなんだよ」
「……? おまえ、男が好きなのか」
「残念ながら、そうみたいなんだ」
「それならわざわざ自分が男っぽい行動をする必要はないんじゃ……?」
 飲み込みが悪すぎるな、俺。けど、あの時代の知識で即座に何もかもを理解して受け入れるのは困難だろ。しかしハンガリーにとっては俺の疑問はトンチンカ ンもいいところだったにちがいない。
「いや、ある! あるんだよ! 体がどうだろうと、俺は男なんだから!」
「な、なら、男らしくしてりゃいいじゃねえか。おまえだったら難しいことじゃないだろ」
 俺がそう言うと、あいつはむっと唇を引き結んだ。拗ねたようにも、ちょっと傷ついているように見えて、俺はまた狼狽を覚えた。
「おまえ、俺が男に見えるのかよ」
 その質問に対し、おまえはどんな答えを望んでいるんだ。
 俺は意味もなくせわしなく視線を動かしながら、しどろもどろで答えた。
「えー、あー、まあ……中身を考慮すれば、むしろとても男だと思うぜ?」
 ハンガリーは自嘲のような薄い笑みとともに、ふぅと息を吐いた。
「でも見た目はそうじゃないだろ」
「えーと……」
 態勢的に仕方ないことなのだが、目の前にそびえるおっぱいが俺の言葉を詰まらせた。
「女に見える以上、俺には女の振る舞いが望まれるし、俺もそれに積極的に抗おうって気はない。それに、仮に頭ん中が男だって周囲に認めてもらったとして、 その上で男の人が好きなんです、とか、俺以外のやつにとっては意味不明過ぎて大混乱だろ。いまのおまえみたいに」
 どうやら、ハンガリーは常識的で理性的な思考を持っているようだ。目下の問題は、それが俺に対しては適用されていないということか。
「確かに空前絶後の大混乱だな。俺もう頭がパンクしそう」
 まとめてみよう。
 あいつはなんだか知らんが(おそらく養育者的な立場のやつに騙された?)、子供の頃、自分を男だと思い込んでいた。しかもちんこは大人になると生えてく るもんだとかいうぶっ飛んだ誤信念を持っていた。
 成長するにつれ、自分の体が男ではないことを悟った。
 その後は女として過ごしていた。
 でもその心は男のままだという。
 加えて、好きな相手は男。
 ……ハンガリーに間違った知識を教えたやつが元凶か?
「俺にとってはさ、自分を男だと感じることは自然なことなんだよ。生まれてくる体間違えたなー、とは思うけど。けど、ほかの奴らにとっては理解しがたいこ とだろ? 俺もそれがわかるから、こんな格好で暮らしてるわけさ。俺個人のことで無駄な軋轢を生むのは面倒だからな」
 そう語るあいつの顔は憂愁とも諦めともつかない色が浮かんでいた。俺は、こんなあいつを知らなかった。
「ハンガリー……」
 やっぱりよくわからないが、おまえが常人には理解できない複雑な悩みを抱えてきたことは、まあなんとなく伝わった。
 掛ける言葉が見つからない。あるいはそんなもの、求められていなかったかもしれない。
 なんでこいつは、俺にそんな重大な秘密を告白する気になったのだろう?
 さまざまな思いと疑問が胸に去来し、俺はらしくもなく沈黙に陥った。
 しばらくすると、ハンガリーが辛気臭い空気を小馬鹿にするように、へっと鼻で笑った。
「ただまあ、やっぱり自分の心に反する状態を続けるのはストレスがたまるわけだ。……ってわけで」
 ぐ、と再び胴、というか下半身と言うべきところに圧迫感が生じた。
 おいおいおいおい! まさか!
「その解消に俺を使うってのか!?」
「どうやら俺、女性には欲情しないみたいなんだ。もちろん、男なら誰でもいいってわけじゃないけどさ。あー……でもまじでねぇわ、おまえ相手に興奮を覚え るとか。せめてオーストリアさん以外に反応しないんだったら、『好きになった相手がたまたま男性だったんです』って言えるのになあ……自分にがっかりだ」
 俺だってがっかりだよ! おまえのその最低の思考回路に!
「うぁっ!? ちょ、ま、まさぐるな! くすぐるな! 強く押すのも駄目だ!」
 ばたばたと暴れ出すが、圧し掛かられているし縛られているし、移動の起点となる体の部位を押さえられているしで、まともな抵抗にならない。
 悪い冗談か悪夢だよな、これ。
 現実逃避しかかっていると、ハンガリーが俺のおとがいをついっと右の人差し指でなぞり、軽く持ち上げた。
「心配ない。惜しいことに俺には必要なパーツが決定的に欠けているし、今日はこれといったグッズも持ってないから、せいぜいコレくらいしか使えるものがな い」
 コレ、という単語に意味深長な強勢を置くと、ハンガリーはいましがた俺の顎のラインをなぞったばかりの自分の指を、俺の目の前にかざして見せた。
「つ、使うって……」
「戦いに明け暮れてた割には細くてきれいだろ、俺の指。まあ、素材が女だから当たり前か」
「お、おい、まさか……」
「だからまあ、痛くないぞ。多分」
 なんだこの展開!
 やばいやばいやばい。このままじゃ俺、大事なものを失う羽目になる!
「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉ!」
「大丈夫大丈夫、優しくするから!」
 なんかもうズボン、片足に引っかかってるだけっぽいんですけど!?
「ひとを縛り上げといてそれ言うか!? おまえ最低だ!」
「うん、自分でもそう思う。でもわかってるけど、止められない。止める気もない。がんばれプロイセン。なに、悪いようにはしないさ」
「うわぁぁぁ、やめろよぉぉぉぉぉ!」
 長い髪がゆらゆらとカーテンのように揺れていた。そしてあいつの影が俺の上に落ち、視界が暗くなった。
 ああ駄目だ、これ以上は思い出したくない。
 こんなことは考えたくないが、ハンガリーが心身ともに男だったほうがまだ気分的に救われたんじゃないかと思わないではない。
 せめて一度きりの若気の至りで済んだなら、よかったのにな。




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