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ご注意
冒頭から露普が絡んでいますのでご注意ください。
直接的な描写はありませんが、やることはやっています。割と包み隠さずあんあん言っています(主に普が)。
どこまでもシモネタで、エロスはありません。年齢の低い方にはおすすめできない内容です。

しつこくて申し訳ありませんが、苦手な方は絶対に、絶対に、絶対に、この先に進まないでください。お願いします。

大丈夫な方だけスクロールどうぞ↓
































ある青年の悲劇



 充満する湯煙で視界が霞む中、それでも浴室の天井は高く遠く感じられた。熱気と湿気に長時間あてられたためか、鈍い頭痛がひっきりなしに続いている。呼吸が荒いのは、むっとする湯気の熱さのためだ。そうに違いない。
 ぼんやりする頭でそんな言い訳めいたことを考えながら、彼はバスタブの中でこれ以上体が沈まないようなんとかバランスを保っていた。今日は徹底的に断固拒否の姿勢を貫くつもりだったのに――
「け、結局乗せられちまった……」
 風呂掃除の最中に絡みつかれてそのままなし崩しに……という三文小説ですら使われないようなシチュエーションが発生し、現在に至っている。
 なんてザマだ。最低だ。意志が弱すぎるぜ俺。恥ずかしくないのか。彼は自身を罵ることに没頭した。そうしなければ、断続的に訪れる肉体的な快感に引きずられそうだったから。
 そんな彼の肩口に顔をうずめ、上機嫌そうにべったり甘えてくるのは、その仕種に不似合いな大柄な青年だった。
「うん、なんだかんだいって最終的にはノってくれるよね、きみって。あ、乗られてるのはきみだけど、体勢的に」
 あはは、と無邪気に笑うロシアに、プロイセンは青筋を立てる勢いで怒鳴った。浴室という場所柄、声がかなり反響する。
「やかましい! てめえが乗ってきたんだろうが! 重いぞこのシロクマ!」
「そう? お湯張ってあるからいつもより重くないはずだけど。浮力で体浮くでしょ?」
「んぁ……っ! きゅ、急に動くな! 危ねえだろ! 確かに体は浮くが、その分力入んねえんだよ! 溺れたらどうするんだ!」
 上から覆いかぶさっているロシアが少し膝を伸ばしたため、その動きに押されるかたちでプロイセンの体が沈んだ。下唇が湯船に浸かりそうになり、彼は慌てて首をのけぞらせた。たいした水深ではないが、この体勢で沈下したら溺れかねない。こんな状況で溺死なんてしたら、恥のあまり死んでも死にきれないだろう。
 沈んでたまるか、という自身への使命感から、彼は反射的に体の位置を保持しようとしがみついた――自分の上に乗っかっている、元凶たる相手の背中に。
 ロシアはそれを都合よく解釈すると、
「ああだこうだ騒いだところで結局最後には合意してくれるんだから、最初からOK出してくれればいいのに」
 のほほんとした微笑をプロイセンに向けた。プロイセンは彼の肩を掴んだまま(手を離したら湯船の底に沈みかねない)、キッと目尻をつり上げた。ただでさえ悪い人相が一層凶悪さを増す。
「うるせー! 俺だって断れるもんなら断りてぇよ! おまえに大事なとこがっつり押さえられてるせいで拒否れねぇだけだ!」
 プロイセンは悲痛に叫ぶが、ロシアはのらりくらりとかわしては、圧倒的なマイペースぶりを発揮する。
「まあいいじゃない。相性いいんだから。気持ちいいでしょ? 僕はすっごくいいけど」
 ロシアが上体を倒して顔を接近させてくる。必然的に体の位置関係もわずかにずれる。その刺激にプロイセンは苦しげに眉根を寄せた。
「んん!――す、好きでこんなんになったんじゃねえ! 元はといえばおまえが俺の大事なとこ(実家)好き放題改造しまくったせいじゃねえか! そりゃあんだけ自分好みにカスタマイズすりゃ、嫌でも合うようになるだろうよ! 無理矢理にもほどがあるけどな!」
 生理的なものなのか、はたまたやけくそ気味の興奮によるものなのか、目の縁にじわりと水滴が形成される。唾を撒き散らしながら激しく怒鳴る彼だったが、当のロシアはさらりと流した挙句素っ頓狂な答えを返してくる始末だ。
「ふふ、僕の努力の賜物かな?」
 なんだか褒めてほしそうな様子である。が、それに応じてやる義理はプロイセンにはない。
「断じて違う! どこまでめでたいんだてめえの脳みそは!」
「でも努力の甲斐あって相性ばっちりになれたんだし……こんなふうに」
 と、ロシアは彼の左膝に親指を引っ掛けると、軽く上方へ力を加えた。膝を無理に伸ばされたことで、体幹に妙なねじれが生じる。微妙な姿勢の変化が断続的な刺激を与えてくるのに耐えかねて、プロイセンは引き絞られるような高くかすれた声を漏らした。
「う! あ、あぁ……っ! て、てめえ……」
 言いかけるが、乱れ切った自らの呼吸が言葉を遮る。肩を大きく上下させて荒い息を繰り返しながら、プロイセンは涙目でロシアをねめつけた。ロシアはにこやかに微笑みかけながら、
「いまのよかったでしょー。すっごい反応してる」
 おもむろに視線を下にずらして指摘した。彼の目線を追ったプロイセンは、認めたくない自分の状態を視覚的に確認する羽目になった。
「うわ――――――ん! この馬鹿ムスコ――――!!」
 いまさら恥ずかしいなんてかわいらしい感情はないが、相手がこの男であるという事実がたまらなく腹立たしく、むかついてならない。プロイセンは駄々っ子のように手足をじたばたさせて暴れた。もっとも、不自然な体勢である上に半分湯船に浸かっているので重心を保てず、ろくな力は出なかったが。
 ロシアはばたつく彼の足をやんわりと腕で押さえつつ、その間にある彼の大事なところをじーっと数秒凝視したあと、
「なんならもう一回いっとく?」
 朗らかな声でそう申し出ると、プロイセンの返事を待つことなく手を伸ばした。
「ぎゃー! やめろ触るな弾くなあまつさえ握るなぁぁぁぁ! ちょ、あ……ぁ、ん、や……やめ、ま、まじで……まじでやばいってこれぇ! やっ、あっ、あっ、ああぁぁぁ……!」
「わ、すごい元気」
 新しい発見をした子供のような、無駄に素直なトーンで感想を述べるロシア。プロイセンは室温と運動と興奮のすべての作用によってこれでもかとばかりに顔を紅潮させると、
「ちくしょぉぉぉぉぉぉ! おまえなんて嫌いだぁぁぁぁぁぁ!」
 渾身の力でもって叫んだ。
 その程度の言葉でめげてくれるような相手ではなかったけれど。

*****

 結局風呂場だけでは飽き足らず洗面所をびしょ濡れにし、さらには廊下を経てリビングへもつれ込むという泥沼の展開を辿ったあと、ふたりは一応の休息を取るに至った。
 この日取り替えたばかりのリビングのカーペットの上で何もかも放り出して転がっているプロイセンの横で、ロシアはご満悦といった表情で頬杖を付いて寝そべっている。彼はプロイセンの裸の胸にツっと人差し指を滑らすと、
「すっごくよかった」
 掛け値なしの賛辞を送った。が、それを受け取るプロイセンの心境は正反対のものだった。
「最悪だ……」
 プロイセンは片手で目元を覆うと、絶望的な声音でそう呟いた。何が最悪かと言えば、このシチュエーションがはじめてではないということだ。過去に何度、同じような経験をしているのだろう? そのたびに、次こそは流されるもんかと固く決意するのだが、その誓いが遵守されたことは残念ながらなかった。
 自分に失望中のプロイセンに、ロシアは的外れな言葉を掛けた。
「えー? 最高に気持ちよさそうだったのに。よかったでしょ?」
 横向きになってぴったりと巻き付いてくるロシア。プロイセンはぎりぎりと奥歯を噛んだ。
「く……おまえなんて、おまえなんて……っ!」
 彼が歯噛みしている間にも、ロシアは好き勝手に彼の体をべたべた触っては、肩口に吸い付いたりしている。やりたい放題だ。しかし、彼はそんな相手を振り切れないまま、嘆きの声を上げた。
「くそ! なんでおまえなんかで気持ちよくなるんだ……! もうやだこんな体ぁ!」
 認めるのはとてつもなく悔しいのだが、いまの感覚を包み隠さず素直に表現すれば――すごく、気持ちいい。
 ……おかしい。俺は禁欲くらいお茶の子さいさいだったはずだ。第一こんな野郎に誘惑されるほど悪趣味じゃない。それがどうして、毎度毎度誘われる(というか襲われる)たびに動物的な衝動に身を任せているんだ俺は。今度こそ鉄壁の意志と理性でもって突っぱねようと決意していたじゃないか!
 そうは思うものの、現実として肉体は思い切り反応している。それはもう、弁明しようがないくらいに。さらに最低最悪なことに、現在の彼がこの感覚を得られる相手というのは、この青年だけだった。しかも困ったことに、彼は別に精神的に枯れているわけではないので、身体的なコンディションと一定の条件――すなわちこのアル中男が相手――が整えば、意志など儚くもろいものだった。
 この事実を超える悲劇がほかにあるだろうか? よりにもよってこんな野郎で気持ちよくなるなんて! こんなことならいっそ完全に不能になってくれたほうがよかったのに!
 胸中で呪いじみた言葉を垂れ流しつつも、現実の呼吸は浅くなるばかりだった。これ以上流されるのはごめんだと、彼はまとわりついてくるロシアの腕を引き剥がしては、ばたばたと足掻いた。が、悲しいことに快楽に引きずられた体は脱力し、意味のある抵抗にはならなかった。悪あがきする彼の背に抱きつきながら、ロシアはそのうなじに鼻先を擦り付けた。
「そう? 理想的な体だと思うけど」
 言いながら、臍のあたりを触れるか触れないかの微妙なタッチで撫でる。そして、その手をそのまま下へ下へと移動させていく。
「っ……! 嫌な触り方すんな!」
 首筋を違えかねない勢いで振り返ってくるプロイセンの顔を眺めたロシアは、にっこりと上機嫌な笑みをかたちづくった。
「あ、気持ちよさそう」
「ぎゃっ! なっ、舐めるなぁ!」
 首の後ろに生温かくぬめった感触が走り、プロイセンはぞわぞわと背筋を震わせた。ロシアは彼のうなじに立っては消えていく鳥肌をおもしろそうに観察したあと、甘ったるい声で彼にねだった。
「ねえ、もっかいしよ?」
「嫌だぞ俺は! ぜってぇ嫌だ!」
 今度こそ拒否を貫いてやると意気込むプロイセンだったが、ロシアの手によって、彼の大事なところはすでに陥落寸前だった。いやまあ、半世紀以上前に陥落してしまった場所ではあるのだけれど。
 プロイセンは、何が何でもロシアの腕から脱出しようともがいた。が、ロシアは脚まで駆使して彼に絡みついてきた。
「またまたぁ。体は乗り気じゃない。せっかくだし、今度は文字通りきみのほうが乗ってみる?」
 そんな提案をしながら、ロシアは彼の脚の間に手を滑らせた。
「何がせっかくだ――あ! うっ……てっ、てめえっ……よせ、触るな!――ん! あぁっ……!」
「やった。もっかいできそうだね」
「こ、この馬鹿ムスコ―――――!! もっと節度ってもんをもてよぉぉぉぉぉ! 久しぶりだからってハッスルしすぎだぁぁぁぁ!」
 彼の悲痛な叫びは、ふたりしかいない広い家の中を空しくこだまするだけだった。




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