text


子供のじゃれあい


 フランスは、椅子の上に立つ子供とその子供のズボンを掴んでいるオーストリアを見て、にまにまと笑った。
「おいおいオーストリア〜、俺が言うのもなんだが、その光景は傍から見てやばすぎるぞ。変態趣味の犯罪者にしか見えない」
「むー! むー! むー!」
 フランスの言葉に同調するように、小脇に抱えられた少年が眉尻を上げ、くぐもった声を立てている。というのは、フランスの手に口を押さえつけられ、調音できないからだ。抗議の声はフランスにも向けられているのかもしれない。
「私は採寸をしているだけです。あなたの下品な連想にはついていけませんね。ところで、そっちの子供は、もしや……」
 オーストリアは椅子のそばから離れると、こつこつと優雅な足取りでフランスのほうへ歩いていった。フランスは、暴れる少年をちょっと前に突き出した。
「なんか街を歩いていたら、こんなカッコで全力疾走してる男気溢れるガキがいたんでな(と、フランスは少年を目線で示した)、興味ひかれて捕まえてみた。そしたら見たことある顔だったんでな、事情聞きだしてここまで送ってやったってわけ。まあ、こいつとは知らない仲じゃないし?」
「あなたのほうが犯罪者ですよ。もしかしなくても、こっちのおちびさん、プロイセンですか?」
 オーストリアは、ちょっと膝を屈曲させ、その上に手の平を置いて背を丸め、目線を下げて少年の顔を見下ろした。少年はようやくフランスの手の平から解放された口を大いに動かし、やけっぱちな大声を張り上げた。
「そうだ! なんか朝起きたらこんなんになってたんだよ! 悪いか、ちびで!」
 歯茎まで剥き出して威嚇するような勢いでまくし立てるプロイセンは、確かに小さかった。しかし、いまのドイツよりはやや大きい。というより、年齢の高い姿だ。小学生と幼稚園児くらいの違いがある。
 オーストリアは額を押さえると、肩越しにドイツに目線を送った。
「悪い予感ほど当たるって本当ですね」
「ああ、そうだな」
 ドイツはオーストリアと同じような仕種で頭痛に耐えるような表情で、椅子の上に座っていた。プロイセンは胴に回されたフランスの腕を無理矢理引っぺがすと、両手両足を床につけて落下の衝撃を緩和し、猫のようなすばやさでドイツへ駆け寄った。
「ヴェスト!」
「おー、ドイツか。これまた懐かしい格好してんな。コスプレか?」
 フランスは驚いた様子もなく、手の平をまぶたの上にかざして子供姿のドイツを眺めた。
 ドイツはフランスを一瞥したが、目下注意すべきは自分のほうへ突進してくる人物だった。タックルで椅子ごと倒されたらかなわない。彼はプロイセンが突っ込んでくる直前に椅子から飛び降りた。そして、前方につんのめって椅子に倒れこみそうになるプロイセンの腕を掴んでやる。
「プロイセンか……おまえのそんな姿を見るのははじめてだ。昔からあんまり変わっていないんだな」
 ドイツはプロイセンと向かい合って彼の顔をちょっと見上げた。はじめて見る姿だが、疑いようもなく彼だとわかるのが不思議だった。
 珍しそうに眺めてくるドイツに、プロイセンは腕を広げ、
「うわぁぁぁぁ……ドイツー! なんて姿に……!」
 泣きそうな声で抱きついた。
「おい、何をする!?」
「おまえ、せっかく大きくなったのにさあ、なんで縮んでんだよ! だめじゃん!」
「そう言われてもな、俺だって何がなんだかわからんのだ。困り果ててるんだぞ。……とにかく、ちょっと落ち着け。騒いだところでどうにもならん。俺が苦しいだろうが」
 ぎゅうぎゅう抱きしめてくるプロイセンの腕の中で、ドイツはもぞもぞとずり上がるように体を動かすと、首から上を何とか自由にし、ぷはっと息をついた。苦しいから放せ、とプロイセンに目で訴えるが。
「……ちょ、え、うわ、まじかわいいんだけどこいつ! こいつこんなにかわいかったっけ? あー、もう、なんかいろいろ腹立たしいけどそれを上回って余りある。……うん、俺よりちっさかったんだよなぁ」
「おい、わかってるのか、中身は俺だぞ!?」
 ドイツの要求とは真逆に、プロイセンはますます腕の力を強めた。ともに小さい子供の姿とはいえ、年齢差による体格と力の違いは馬鹿にならない。しかもプロイセンは幼少時から馬鹿力だったようだ。彼の肩口で、ドイツは顎を上げてなんとか呼吸を確保する。
 一方、取り残された大人三人は、彼らを遠巻きに観察している。
「すごいですね、イタリアが視界に入ってませんよ」
「あの子プロイセン?……へー、小さいとかわい〜。ドイツのうちってみんなこんな感じなの? ドイツ、小さい頃かわいかったんだね、大きいとムキムキなのに」
 イタリアはオーストリアの背の影に隠れてドイツたちを見ている(オーストリアもあっさり盾になってくれた)。
「ほんと、小さいとかわいいよな。お兄さん、ちょっときゅんとしちゃうぞ。あー、スペインやイギリスの野郎の気持ちがわからんでもねえわ」
「あなたがそれを言うとシャレにならないからやめておいたほうがいいですよ、フランス。我が国の警察を煩わせないでいただけますか」
「しかし、この光景、どう考えてもやばいよな」
 そう言いつつ、フランスはデジタルカメラの映像に目を落とし、シャッターチャンスを狙っている。
「フランス、デジカメをしまいなさい。お下品ですよ」
「ハンガリーちゃんのおみやげにどうかと思ってな」
「なぜハンガリーの名前が出てくるんですか」
 オーストリアと会話しつつ、フランスはもみ合っている子供ふたり(中身は大人)の様子を次々に激写していった。
「傍観してないでこいつを止めてくれ!」
 巻きついてくるプロイセンに弱ったドイツが救援要請をする。プロイセンはドイツの服の袖を引っ張りながら、
「うわー、昔の服だろこれ! 懐かしい! 取っておいてよかったぜ」
「何、じゃあこれはおまえが保管しておいたのか?」
「ああ。よかっただろ、役に立って」
「まあ、役には立ったが……」
「あ! そういえばおまえんちの物置、まだ昔の服残ってるじゃん! せっかく行ったんだから借りてこればよかったぜ。そうしたら半裸でうろつかなくてすんだのに」
 もともと高いテンションをますます上げ、いま血圧を測ったら恐ろしい数字を叩き出すこと間違いないといった調子ではしゃぐプロイセン。が、ドイツは彼の発言に、ん? と眉をしかめた。
「待て、では何か、おまえはここへ来る前に俺の家に寄ったのか?」
「ああ。そりゃいちばんに連絡するとしたらおまえだろ。でも携帯通じねえし、家電話も出ねえしで、直接おまえんちに出向いたんだよ。そしたら家捜ししたあとみたいなことなっててびっくりしたぞ。ってかさ、おまえ俺に連絡しなかっただろ? なのに真っ先にオーストリアのとこに来てるってどういうことだよ」
「おまえ……その格好のまま俺の家に来たのか?」
「ん? そうだけど?」
 それがどうかしたのか、とプロイセンは不思議そうに首をかしげた。ドイツは、彼の下半身をじとりと見る。
 プロイセンの服装はというと、上は寝巻き代わりらしい半袖のTシャツ、下はシンプルなボクサーパンツだった。両方とも本人のもの、つまり成人用だ。襟首からは肩どころか片腕まで見えるし、下着は落ちないようにウエストを寄せて輪ゴムで縛り付けてある始末だ。
 イタリアにプラスアルファされた程度の成りに、ドイツは呆れた。
「ズボンはどうした。まあ、イタリアよりはましだが……」
「ああこれ? 下着はウエスト絞りゃなんとか引っ掛けてられっけど、ズボンは丈が余って邪魔だったから脱いできた」
「穿き忘れたわけのではなく、故意なのか……」
「だってしょうがねえじゃん、俺んち、子供服ねえんだもん。いや、昔はあったんだけどさあ、おまえのが。けど、戦争であっちもこっちも焼けたからさ、それっきりなんだよ」
 だからこの格好で出歩いたのは不可抗力だ、とプロイセンは釈明した。後ろからドイツに腕を回し、彼の頭に自分の顎を乗せてぶつぶつとぼやくように。うっとうしいことこの上ない体勢だったが、ドイツは彼の頭の下でちょっと黙り込んだ。


原因究明中

top