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原因究明中


 フランスとプロイセンの乱入で混乱した場を仕切りなおすべく、オーストリアが前に一歩進み出た。ちびっこのじゃれあいをいつまでも眺めていたのでは収拾がつかない。それに、事態は解決の糸口を見つけていないどころか、何ひとつ進展していない。わかったことといえば、肉体の時間的逆向というSF極まりない現象に見舞われたのが、ふたりもいるという事実くらいだ。
 オーストリアは背を丸めて小さくなったふたりと向き合った。プロイセンは見下ろされるのが不快なのか、上から差す影にむっと口を曲げている。
「で、この状態の原因は? あなたの手料理ですか?」
「ちょっと待て! 俺の料理をブリ公のと一緒にするな!」
 プロイセンが高い声できゃんきゃんと喚く。
「いや、イギリスの飯はまずいだけで、こんなステキ効果はないぞ。生物化学兵器に匹敵する残虐さと殺傷力はあるが」
 どさくさにまぎれて宿敵の悪口を言うフランスだったが、誰も反論しなかった。
 ドイツはプロイセンに後ろから抱きつかれたまま、しばらく黙っていたが、やがて顔を上げて皆を見た。
「こいつと俺に同じ現象が起きたということは、原因は共通している可能性が高いが……それが料理のせいで起きたとは考えにくい。こいつのつくったものを食べたのは別にはじめてではないし、いままでこんな奇妙な現象は起きなかったしな」
 ドイツは冷静な口調で分析を述べた。すると、どういうわけかプロイセンがぼふっとドイツの頭に顔を擦り付け、
「おまえはやっぱりそう言ってくれるよな……!」
 とちょっと嬉しそうに呟いた。
「なんだおまえは、いちいち引っ付いてくるな。そういえば、結局昨日のあれはなんだったんだ?」
 言いながらも、もはや相手を引き離すことは諦めたらしいドイツが、首をひねって背後のプロイセンを見上げた。プロイセンは首を傾けると、困ったように眉根を寄せた。
「さあ……何ができたのかは俺にもわからない」
「あのな……」
「この冒険的なやり方が男らしくていいんだろうがっ」
 じと目のドイツに弁明するように、プロイセンは早口に言った。ドイツはため息を一度ついてから、
「わかった。質問を代える。何をつくるつもりだったんだ?」
「魚のスープだ。いまのところ料理名はない。なぜなら俺の創作料理だからだ! 成功したらオリジナルの命名をしようと思っていたんだが、ちょっとばかりうまくいかなかったので先送りになった。まあ、次に期待しろ」
 プロイセンは、堂々と胸を張って答えた。いや、実際は自分より小さくなったドイツに腕を回しているので、姿勢としては猫背なのだが。
 ドイツは昨日食卓に上ったプロイセンの創作料理とやらを回想した。記憶と彼の主張を照合しようとすればするほど、脳裏に混乱が広がる。
「……魚なんて入っていたか? 変形したじゃがいもの荒野にしか見えなかったが……というか、スープを目標としてつくられたのがあれなのか……まるでマッシュポテトのような固まりっぷりだったが」
「煮詰めすぎて水分が飛んだだけだ。今度はうまくやるさ。試行錯誤は成功への必須条件だ」
「あまり妙なものはつくらないでほしいんだが。どう努力しても何の食べ物なのか認知できない物体を食すのは勇気がいるんだぞ」
「胃に入れれば一緒だろ。見た目なんて重要じゃねえって」
「それにしたって限度というものがあるだろう」
 プロイセンがもたれかかってくるので、押されるようにしてかがまなければならないドイツは、迷惑そうに顔をしかめた。料理について言い合うふたりの間に入ったのはオーストリアだった。彼はプロイセンの額を押して、ドイツとの密着度を少し下げた。引っ付いている限り、延々と実のない問答が続くこと請け合いである。
「はいはいそこまで。文句ならあとで存分に言い合ってください。で、最近のふたりの行動で、食べ物以外の共通点はありませんか?」
「んー……同じ部屋で寝た、とか?」
 しばし腕を組んで近時記憶を検索したのち、プロイセンが検索結果の照合を求めるようにドイツを見た。オーストリアは目をしばたたかせた。
「はい? ちょ、ドイツ、本当ですか?」
「それは最近に限ったことではないだろう」
 ふたりからの問いを一緒くたにして答えるかたちでドイツが言った。
「それもそっか。あ! じゃあ歯ブラシ間違えたのは? ふたりして入れ替えて、磨き終わるまで気づかなかったんだよなー」
「それは先週のことだろう。確かにそうそうあることではないが、異常現象の引き金としては情報が古くないか? この事態が起きたのは、少なくともゆうべ眠ってからのことだからな」
 ドイツの指摘を受け、プロイセンは弱った困ったとばかりに頭の後ろを掻いた。
「そうだよなあ……けど、飯と寝る以外で接点のある行動って最近だとこれくらいじゃないか? 俺もそうそう入り浸ってるわけじゃねえし」
「いや、むしろ入り浸っているからこそ、原因が特定しづらくなっているんだと思うが……」
 ドイツは、放置すると無意識に引っ付き虫になってくるプロイセンから逃れるようにのらくらと部屋の中を移動している。のろい追いかけっこをする子供ふたりを見る大人組は、
「あなたたち、不健全ですよ」
「オーストリアなんぞに同意するのは癪だが、俺もそう思うな」
「ドイツ、俺が行くと怒るのに」
 口々に感想をこぼした。と、唇を尖らせるイタリアに、ドイツは振り返る。
「あのな、こいつと鉢合わせるの嫌だろうが、おまえ?」
「俺に責任転嫁するなよ。俺はイタリア追い出す気もなければ入れてやらないつもりもないぞ。むしろ大歓迎だ! バッチコイだ! いつでも来いよイタリア、待ってるからな!」
 プロイセンはイタリアに向けて積極的にアピールをした。小さい子供が懸命におうちに来てサインを送っているという、見かけ上の愛らしさに騙されたのか、イタリアはぱっと顔を輝かせた。
「いつでも行っていいってさ、ドイツ!」
「おまえ……こいつのレギュラーサイズはこれじゃないってわかってるだろうな?」
 屈み込んで覗いてくるイタリアを見上げて、ドイツは隣のプロイセンを指差した。
「ふわっ! い、イタリアが近くに……!?」
 これ幸いにとイタリアに抱きつきでもするかと思われたプロイセンだが、いざ距離が縮まると慣れない状況に混乱し、うろたえはじめた。対照的にドイツは平然としている。
「まったく、小さい子同士を野放しにしておくと全然お話が進みませんね」
 まさに会議は踊る、である。オーストリアはため息をつくと、子供化したふたりの間に割って入り、
「イタリア、ドイツを頼みます」
 と言って、自分はプロイセンを羽交い絞めにした。当然ながらプロイセンは抵抗をする。
「オーストリアてめえ何すんだ! 触るんじゃねえ!」
「暴れるんじゃありません、お下品ですよ。いえ、あなたに品を求めるような酷なことはしませんが。とにかく、話を進めたいのです。少しは落ち着きなさい」
「くそ、放せっ! くっ……こんなやつに羽交い絞めされるなんて……」
 サイズの割に馬鹿力なプロイセンだったが、やはり大人と子供の力の差はどうにもならなかった。彼は悔しそうに唇を噛んだ。オーストリアに力で負ける羽目になるなんて、コンディションにかかわらず、彼にとってこの上ない屈辱だった。
「ようやくおとなしくなったか」
 これで仕切り直しができる、とドイツはイタリアの膝に乗せられた状態で言った(もはや抵抗は諦めた)。
 が、そのとき。
 ドンドンとドアが叩かれる音とともに、
「ごめんください、オーストリアさん、いらっしゃいませんか、オーストリアさん!」
 焦燥と狼狽に満ちた声が届いた。聞き覚えのある声だった。
「この声は……日本?」
「だと思うが……なぜここに?」
 思いもよらない来訪者の声に、その場にいる全員が顔を見合わせ首を傾げた。


トラブルメーカー、トラブルシューター

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