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トラブルメーカー、トラブルシューター


 オーストリアはプロイセンをフランスに引き渡すと、玄関で来客の対応に回った。ダイニングからぎゃあぎゃあと喚く子供の声が家中にこだましている。オーストリアは迷惑そうに顔をしかめつつ、申し訳なさそうに訪問者を迎えた。
「すみません、うるさくて。珍しいですね、どうしました?」
 扉の前に立っていたのは、年齢不詳の黒髪だった。思ったとおり、日本である。
「あの、いまお邪魔してもよろしいでしょうか。すでにお客様がいらっしゃるようですが……」
 オーストリアの背後から聞いたことのある声ない声が入り乱れて、けたたましくひっきりなしに届いてくることに、日本は若干気圧されたようだった。
「どうぞお構いなく。今日は来客ばかりで驚いていますよ。しかし、本日はいろいろ混沌としていてあまりお見せできる状況ではないのですが」
 聞いてのとおり、とばかりにオーストリアは振り返った。日本はその目線につられて奥を見やったが、異変は部屋の中で起きているらしく、玄関口から視覚的に確認することはできなかった。
 日本はなにやらそわそわと落ち着かない様子で、それでも丁寧な物言いで話した。
「それにしても、ご在宅で何よりです。インターホン百回くらい鳴らしたんですが、壊れているのか、出てこられる様子がなかったので一旦引き上げようかと思っていたところだったんです。思い切って声を掛けて正解でした。あの……ドイツさんはいらしてますか?」
「ええ」
 答えつつ、オーストリアはインターホンを自分で押してみた。鳴らない。その上、真新しい傷がついている。日本の指摘どおり、壊れているようだ。なぜこんなことが、と訝しんだ矢先、すぐに原因に察しがついた。玄関先に細長い木の棒が落ちている。おそらくドイツの仕業だ。背が縮んだためにインターホンに手が届かなかったのだろう。低い位置から棒で狙いをつけて百回も連打すれば、故障するのもうなずけるというものだ。
 事態が収拾したら直させよう、とオーストリアが考えていると。
「突然の訪問すみません。ドイツさんの家が留守だったので、多分こちらではないかと思って来たんですが……当たってよかったです」
 日本は一瞬安堵を浮かべたが、直後にはもう焦燥に取って代わられたらしく、ごそごそと靴のかかとに足を掛け出した。
「ここでは靴を脱ぐ習慣はありませんよ」
「はっ! す、すみません、お恥ずかしい。ちょっと動転しているようです」
 冷静さを欠いた日本に少し驚きながらも、オーストリアは彼を家に通した。あの混乱極めるダイニングを見たらもっと動揺するのではないか、常々若くないと自己申告している彼の心臓は大丈夫だろうか、と内心ちょっと心配しながら。

*****

 出入り口に棒立ちの日本は、ダイニングでイタリアの膝に乗せられたゲルマン系の幼児と対峙すると、開口一番、がくんと膝を折って床にくずおれた。
「ああ、やっぱり……すみません、このような事態を招いてしまって……私は切腹ものです! 死んでお詫び申し上げたいので、どうか介錯お願いします!」
「落ち着いてください。血圧が上がってしまいますよ」
 横に立つオーストリアは、がっくりとうなだれた日本に忠告した。が、彼がついさっき、詫びの言葉の前に言った単語に引っかかりを覚えた。
 やっぱり……?
「あの、もしかしてあなたは、この事態を予見していたんですか? そのショックの受け方は、現況に驚いたからではないですよね?」
 日本が、あの幼児とドイツを結びつけることができる要因は、それくらいしかない。
「申し訳ありません。すべては私の責任です。ああ、いまの時代、刀を持ち歩けないのが歯がゆいです……!」
 なかば錯乱気味に、日本はぐっと拳を握り締めて自責の念のまま唇を噛み締めていた。が、本人以外は完全に蚊帳の外である。この異常事態への予想外の参加者に困惑するメンバーの中で、最年少の姿をしたドイツが仕切りを取った。
「落ち着け。何がなんだかさっぱりわからん。まずは説明しろ。あと、説明した後も、別に切腹しなくていいからな。というか、むしろするな」
「実は……」
 日本は、小さくなったドイツをプロイセンを交互に見やったものの、ひどく気まずそうに目を合わせようとはしなかった。いったいどんなからくりが明かされるのだろう、とちびっこふたりはちょっと目を見張った。
「先日、そちらにうかがった際にスコーンをお持ちしましたよね、抹茶味の」
「ああ、三日前だったか。おまえが洋菓子をつくって持って来るなんて珍しいと思ったが」
「実はあれ……イギリスさんとの共同制作だったんです」
「何!?」
「なんだって!? あんなに普通の味だったのに!?」
 ざわめき立つ面々が混乱に陥る前に、日本は口早に事情を説明した。
「す、すみません、騙すつもりはなかったんです! その、味の感想をお聞きしたくて召し上がっていただいたんですけれど……イギリスさんの手が入っていると知ったら、先入観で実際よりも過小評価されてしまう可能性があると考えたので、連名は避け、私からの贈り物ということにさせていただいたんです」
「過小評価以前に、イギリス製だとわかっていれば口にしなかった……!」
 まったく同じタイミングで、ドイツとプロイセンが同じ台詞を呟いた。
「すみません、でも、イギリスさんも悪気があってのことじゃないんですよ。なんとかおいしいスコーンをつくりたいということで、どんな恐ろしいつくり方をしてもおいしく仕上がるインスタントの菓子の開発を持ちかけられたんです。牛乳混ぜてレンジでチンすれば完成、みたいな製品です。それで、僭越ながら私が主体となって研究・開発を行ったんですが」
「まあ、その判断は正しかったと思うぞ。しかし、それならなんでこんな現象が……」
「私の家では販売可能なところまで完成したんです。味、品質、安全性ともに問題はありませんでした。それで先日、イギリスさんのところに行って実際に一緒につくってみたんですね。私の家のひとが上手につくれても、肝心のイギリスさんが上手につくれなかったら元も子もないですから。で、彼のつくったものを試食したところ、味は大丈夫でした」
「すごい勇気だな日本!」
 プロイセンの肩を押さえているフランスが、ひゅう、と感心の口笛を吹いた。
「いや、自分のとこが開発した商品にそれだけ自信があったということではないか?」
「日本ならつくれそうだもんねー、まずくないイギリス料理」
 各々のコメントの間を縫うようにして、日本は言葉を続ける。
「しかしながら……思いもよらない効果が出てしまったんですね、このとおり」
 と、彼は被害者二名を手で順番に示した。
「私がつくったときは何も起きなかったというのに、イギリスさんの手が加わっただけでこんな怪奇現象が起きるなんて……完全に想定外です。危険予測が足りませんでした。私の不覚です」
「いや、これは予測できるほうがどうかしているだろう。しかし、インスタント食品でさえイギリスがつくるとこうなるのか……科学的にメカニズムを究明したいところだが、原因があいつでは難しいだろうな」
 なにしろ相手はファンタジーの国である。
 日本を責めるのもお門違いに思えて、ドイツはため息をついた。幼い姿になっても、その仕種は変わらなかった。
 と、ふいにフランスが何かにひらめいたように指を鳴らした。
「ん? ってことはイギリスはいま……」
「はい、お二方と同じ現象に見舞われて、家に引きこもっておいでです」
 日本はまだ床に座り込んだままこうべを垂れている。フランスはその横を大はしゃぎで通過した。
「まじかよ! よっしゃ、ちょっとブリテン島まで行ってくる! あいつを笑いにな! ありがとよ、日本! はっはっは、待ってろよイギリス―――!!」
 彼は大喜びでオーストリアの家を、挨拶もなしに出て行った。
「悪趣味なひとですね」
「鬼の首を取ったかのようなはしゃぎようですね……」
 嵐が去ったあとを呆然と眺める村人のように、オーストリアと日本はフランスが駆け抜けていった先を見つめた。
 ダイニングでは、フランスに放り出されたプロイセンが床に突っ伏し、あの野郎、と歯を剥き出していた。誰も見ていなかったが。


年の差は忘れがち

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