仏普です。普が誘ってるっていうか襲ってるっていうか……な内容なので苦手な方はご注意ください。色気はゼロです。
幕間の攻防戦
自宅のリビングのソファからむくっと上体を起こしたフランスは、端のアームレストに肩を乗せて仰向けに転がっている相手に苦笑を向けた。
「うーん、今日もダメだったなあ」
じっと下に視線を落とすフランスに、プロイセンはちょっとおもしろくなさそうに唇を引き結んだ。が、何も言わない。フランスは床に落としてあったシャツを掴むと、
「まあ、長期戦覚悟で行くしかないのかねえ」
プロイセンに差し出した。彼は自分のシャツに目を向けたものの、受け取ろうとする素振りを見せない。顎を引き、小難しそうに眉をしかめている。
「……? どした?」
神妙な雰囲気の彼に、フランスが不思議そうに目をぱちくりさせた。特に気分を害するようなことはしていないはずなのだが。
プロイセンはしばらく押し黙っていたが、ふいにぼそりと呟いた。
「おい、これで終わらせるつもりなのか?」
どこか深刻そうな口調だ。フランスは、相手の心境をはかりかねつつも答えた。
「うん? 今日の予定分は全部試したぞ」
「おまえのほうは、全然だろ」
プロイセンは不服そうに言った。ちらり、とフランスを一瞥しながら。フランスは自分に人差し指を向けてきょとんとした。
「俺? おまえが口でやったじゃん」
「そんだけでいいのかよ」
ますます不機嫌そうなプロイセンの表情と口ぶり。微妙に威圧感も混在している。フランスは少々気圧されつつ、首を縦に振った。
「あ、ああ……まあ、別に文句は言わないが。ってか、悔しいが文句のつけどころなんてねえよ。おまえ、めちゃうまいじゃん。どこで鍛えたのかは知らないけどさあ」
フランスは異様な空気を払拭するようにおどけた笑い声を立てたが、プロイセンはすっと目を閉じたあと真顔で彼に向き直った。その尋常ならざる様子に、フランスは別の意味でどきりとした。なんだろう、この戦場にいるような気分は。
プロイセンはフランスの顔を正面にとらえると、
「妙な気は遣うなよ、気持ち悪い」
吐き捨てるように言った。
「は? 何が言いたいんだ?」
目をしばたたかせているフランスの前で、彼は自分の胸に親指の先を当てた。そして、きっぱりとした口調で命じる。
「端的に言ってやろうか――やれ」
「へ?」
「やれ」
ぽかんと口を開けてまぬけな顔をさらすフランスに、プロイセンは繰り返した。自分を指差しつつ。妙に迫力のある調子だ。男らしいことこの上ない。うっかりすると惚れそうだ。
フランスは相手の言い分を頭の中で反芻した。やれって……この状況で解釈できる意味はひとつだけだよな? 彼は戸惑いながら相手をうかがった。こいつ、何を考えてるんだ。
「……いや、おまえ前々から無理だっつってるじゃん、自分で。何度も」
はじめて悩みを告白してきたとき、『無理』をそれはもうすごい勢いで連発していた彼の姿を思い出しながら、フランスが言った。
プロイセンはソファの背もたれに腕を引っ掛けて体を起こすと、腕を組んで真剣なまなざしを向けた。
「確かに無理だ、反応しないという点においてな。が、だからといってできないわけじゃない。機能はともかく、形態に問題はないわけなんだからな」
問題はない、と断言するプロイセンに、フランスは呆れたため息をついた。
「気持ちよくないだろ、それじゃ」
「構わねえよ」
「いや、俺が構うんだけど、おおいに」
「だから、気は遣うな」
プロイセンの主観では、現況はギブ・アンド・テイクの関係になっていないらしい。よって、そうなるよう調整を求めているということなのだろう。だが、フランスは彼の主張には同意できなかった。
「気を遣ってるんじゃなくて、気になるんだよ。やるならお互い気持ちよく、が大前提だろ。おまえそういう感覚なくなってるじゃん? やっても楽しくないだろ。俺もそんなんじゃ楽しくないし」
「そうか。じゃあ全身全霊で迫真の演技をしてやろう。はははは、ゲルマンの本気をとくと見ろ!」
据わった目でフランスをとらえ、肩を掴んでくるプロイセン。フランスは思わずちょっぴり身を引いた。
「そんな本気はいらない! 無駄に民族魂発動させんな! だいたい下見りゃウソかマコトか一発でわかるだろうが、男の体なら!」
「んじゃ、見るな」
と、プロイセンは床に腕を伸ばしてジャケットのポケットを探ると、サイズの大きい紳士用ハンカチを取り出し、さっとフランスの目を覆った。要するに目隠しである。
「おいおいおい……なんだなんだこのプレイは!」
正面からあっさり目隠しされ(あまりに堂々としていたので対応できなかった)、慌てたフランスは叫びながらハンカチを取ろうと手を上げた。が、プロイセンががしっと手首を掴んで阻止してくる。
「視覚的情報を遮断すれば問題はないだろう。うん、実に合理的だ。さすが俺」
フランスが挙げた問題点はこれで解決というわけだ。プロイセンは自分のすばやい思いつきと行動に満足げにうなずいた。
「ああぁぁぁ……そういうの聞くとドイツの親戚だってすげぇ感じる……。あいつもこういうの好きだしなあ」
あまりにあんまりな状況にフランスがぼやくと、プロイセンがひくりとこめかみを動かした。もっともフランスには見えなかったが。プロイセンは何秒か深い沈黙に陥ったのち、
「なんでおまえがあいつの好み知ってんだよ」
うなるような低い声でそう尋ねた。温度の下がった声音に、フランスはぎくりとした。
「あ、なんか不機嫌になってる? いやいや、誤解だよプロイセンくん? そんな勘繰られなきゃならんようなことは何もないぞ」
「俺がいない間におまえらが仲良くなったのは知ってたが……」
「うわー、なんか声すげぇ怖いんですけど……」
フランスがあたふたする一方、プロイセンは彼の手首を掴んだまままたしても黙り込んでしまった。室温は保たれているはずだが、心理的な温度は急降下である。
しばし、壁時計の秒針が時を刻む音だけが響いた。
静まり返ったリビングの空気に耐えかね、フランスが叫ぶ。
「ちょっと、なんかしゃべってよ! 沈黙怖ぇよ!」
彼は勢いのままプロイセンの手を振り解くと、目隠しを下げながら、
「言っとくけど、上司の意向あってのことなんだからな、そのへんちゃんと考慮しろよ? もう互いに殴り合う時代じゃなくなってたんだしよ! あいつ、おまえをロシアに取られてすっげへこんでたし、やさぐれたりもしてたし!……って、別につけ込んだわけじゃねえぞ!? そ、それにおまえだってロシアとそりゃもうべったりがっつり仲良くしてたんだから、そのへんの事情やら情勢やらは理解できるだろ!?」
必死で弁明した。と、プロイセンが一瞬動揺したようにまぶたを震わせたのがわかった。
「………………」
そのときの彼がちょっと傷ついたように見え、フランスは気まずそうに声を小さくした。
「あ、悪ぃ……」
プロイセンは少しの間そっぽを向いていたが、一度目を閉じて深呼吸をしたあと、フランスに顔を近づけてきた。
「……もうしゃべるな」
耳元に落とされた低いささやきに、フランスがうろたえた声を上げる。
「な、なにその色っぽい声! お兄さんちょっとドッキリしちゃったじゃん! どこの演劇学校で勉強してきたんだよ、その演技力!」
フランスは場をごまかすように早口にしゃべった。その間にもプロイセンは彼の肩を押してソファに倒す。フランスは脚の上に乗り上げてきた相手を見上げた。
「……ほんっとにやる気なのか? ってか、大丈夫なのか、その体で。痛いだけじゃねえの?」
念押しのように聞くと、プロイセンはふんっと鼻を鳴らした。
「気にするな」
「それって遠回しに質問を肯定してることになるぞ」
「変な気を回すなっつってるだろ」
頑として譲らないプロイセンに、フランスはいよいよどうしたものかとため息をついた。とりあえず、相手の要求を呑まないことには事態は進展しそうにない。しかし彼のコンディションを考えると、ストレートに要望をかなえることは、自分の主義に反するだろう。
むー、と人差し指をこめかみに当てて悩んでいたフランスだったが、そうしている間もプロイセンは行動を続けている。フランスはやれやれと息を吐くと、
「頑固だな……じゃあ、こうするか」
ぐい、とプロイセンの腕を引き寄せて顔を接近させた。
「ん? やる気出たのか?」
「ああ、たったいま名案が浮かんだ」
「なんだよ?」
怪訝そうなプロイセンに、フランスは意味深長ににやりと笑った。
「……ま、好きにしてろよ。演技してる余裕なんざなくしてやるから」
宣言すれば、プロイセンが嘲笑を浮かべる。色気なんて欠片もない表情だが、彼らしくはある。
「はっ。ずいぶん自信あるじゃねえの。なら、お手並み拝見といこうか」
フランスは彼の顎に手を添えると、
「おいおい、俺を誰だと思ってんだよ。おまえこそ腹決めとけよ?――すっげ優しくしてやるから」
言葉どおり、ひどく優しい声音でささやいた。プロイセンは虚を衝かれたように一瞬呆けたが、すぐに悪っぽい顔に戻った。
「なに気色悪いことぬかしやがる。頭沸いたか?」
「うん? まあ、お兄さんの本気を見るといいさ」
フランスはプロイセンの後頭部に手の平を当てると、自分のほうへ寄せ、その額に軽くキスをした。
→爪痕
|