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洪×普です。
洪の心が成長後も男の子のままだったら、という仮定で書いた話です。精神的には普→洪→墺で、身体的には洪×普の予定。性別的にはノマカプですが、ほとん ど BL。でも展開が少女漫画です。
洪も普もとても駄目な男です。そんなふたりでも大丈夫という方だけスクロールどうぞ。
























あいつと俺との間には 1


 ハンガリーを乱暴な野郎だと思っていたのは、俺もあいつもまだ幼い頃だった。その認識が誤りだと先に気づいたのは俺のほうだった。そのことを言い出せな いままなし崩しに月日は流れていき、久しぶりに再会したときにはあいつも自分の認識の間違いを悟っていた。それを俺が知ったとき、あいつはちょっと気まず そうだったが、態度を大きく変えることはなかった。俺は俺で気まずくて身の置き場がなくて、だからといって以前と、まだ何も知らなかった子供の頃と同じよ うに振る舞うこともできなくて、変な気遣いをよそよそしい態度でごまかしながら、自分の上衣をあいつに押し付けた。ハンガリーは拒絶しなかった。そのこと にほっとした自分がいたことに気づいたのは、ずっと後になってからのことだった。
 年月はあらゆるひとを成長させ、また老いさせ、否応なく変化させていく。人々がそうであるのなら、彼らの共同体を反映させた俺たちにもまた、その流れが 当てはまる。俺は成長していった。ハンガリーも同様だ。そして俺たちの関係は変わっていった。
 変容のはじまりはいつだったのか。あの日、戦でぼろぼろになっていたあいつを見つけ、お互いがもう小さな子供ではないことを理解したときか。それよりも 前、俺があいつさえ気づいていないあいつの秘密を知ってしまったときなのか。
 それとももっと後、ハンガリーからもうひとつの驚くべき真実を告げられたときか――。
 オーストリアの家で仕事をするあいつは長いスカートにエプロン、それから髪飾りを身に付けていた。髪の長さにはさほど違和感を感じなかったが、服装につ いては、見慣れないうちは滑稽に映り、まるで女装のようだと俺はしょっちゅうからかったものだった。
「よぉ、ハンガリー。ずいぶん女に化けるのうまくなったじゃねえの」
「相変わらず頭の中が幼稚ね、あんたは」
 平時に顔を合わせると、たいていこんなやりとりが交わされた。俺は飽きもせず同じ冷やかしを繰り返した。一種の様式美で、挨拶のようなものと化してい た。あいつも特に腹を立てたりはせず、淡々と俺をあしらった。
 女物の衣装をつけたあいつを揶揄する俺の言葉が、あいつの感情に何らかの影響を及ぼしていたかはいまでもわからない。俺にわかるのは、あいつは俺の台詞 なんて虫の羽音ほどにさえ響いていないに違いないと、俺が思っていたということだけだ。
 多少ぎこちないながらも、子供のころの感覚を引き継いでいた関係性に決定的な変革点が訪れたのは、もう数えきれないくらいいつものからかい文句を繰り返 してきたあとのことだった。
 何がきっかけだったのかはわからない。俺がきっかけだったというわけでもないかもしれない。ただ、あいつの中には俺の感知し得ない変化があったようだっ た。
「おまえの男の趣味ってわかんねえ」
 ある日、俺は図書館の書庫でハンガリーと遭遇した。挨拶はいつもどおりだった。その後、適当に会話した。どういう流れでそういう話になったのかはよく覚 えていない。オーストリアの話題でも出ていたのだろうか。覚えていないが、なんとなくそのあたりのことでおもしろくない気持ちだったような気がする。
「はあ? いきなり何よ」
 話の切り出しが唐突だという自覚はあった。だから、ハンガリーの反応ももっともだと感じた。賢い会話のネタだったとは思わないし、当時の俺もそれはわ かっていただろう。ただ、自分から振った話を即座に取りやめにするのもおかしかったので、俺は言葉を続けた。あいつがどんな反応をするか興味があったのだ ろう。
「なよなよしたのがお好みとはな。ああ、そうか、自分にないものを相手に求めてるわけか。あの野郎なら、おまえよりよっぽどこういうの自然に着こなしてく れそうだしな」
 名前をはっきりとは出さなかったが、誰を指しているかは自明の理だった。
 俺はどんな反応を期待していたのか。多分、呆れたような、けれども冷たすぎない態度だ。しかし俺はそれを得られなかった。代わりに返ってきたのは、何か 悩みでもあるかのような意味ありげな無言だった。
 しばし沈黙が俺たちの間に劇場のカーテンのように下りて来た。書庫という環境もあり、場は痛いほど静かだった。先に音を上げたのはやっぱり俺のほうだっ た。
「……なんだよ、神妙な顔して。憂い顔したってかわいくは見えないぜ」
 へっ、と鼻で笑いながら茶化すと、あいつは重々しいため息をついた。
「あんたみたいに馬鹿になれたら、どんなにいいことか」
「聞き捨てならねえな。俺は頭キレるぜ?」
「頭脳じゃなくて、性格が馬鹿だって言ってるのよ」
 そう言い放ったハンガリーの表情はどこか暗さを帯びていた。普段の俺なら発言の内容にカチンと来て喚き立てていただろうが、このときはそんな気が起きな かった。
「どうしたんだ、おまえ。なんかいつもと違う……」
 ハンガリーのおかしな様子にうろたえつつ、俺は率直に尋ねた。気の利く言い回しもできなかったが、さりとて看過することもできなかった。
 また沈黙が落ちた。
 あいつは俺の質問を無視するだろう。答える義理もない。そう考えた矢先、あいつがぽつりと呟いた。
「……そういや、あんたは私より先に、私が女だって気づいたんだったわね」
 あいつはお気に入りのはずの髪飾りと頭髪の一部を覆っていたスカーフを外すと、本棚の端に音もなく置いた。留められていた横髪の一部が落ち、顔の横に流 れる髪の毛のラインが変わる。ふいに、自分の鼓動が早まるのを知覚した。俺は同様の滲む声で言った。
「お、おう……。なんだよ改めて。そんな昔のこと。そのときのことなら謝らねえぞ。あれは事故みたいなもんだし、勘違いしてたおまえにも非はあるし、だ、 だいたいお互いガキだっただろうが」
 思い出させるなよ。あれは本当に悪気なんてなかったんだ。いや、嫌がらせとからかいの意味はあったが、それは男の悪ガキ同士のノリであって、おまえが女 だって知ってたら絶対あんな行動には出なかったっての! あのあと俺はどれだけ神と対話する羽目になったことか。
 なんだ、いまさら責めるつもりか。それは受け付けないぞ。
 と思いつつ、審判でも待つような心持ちになった俺は無意識のうちに後ずさっていたようで、背中が棚に当たる感触にぎくりとした。
 俺の後退に合わせて、ハンガリーが一歩前に踏み出した。
「あんたが知ってるのは、確かそこまでのはずね」
「……なんだよ、その思わせぶりな言い方は」
「この話には、実は続きがあるのよね」
 知りたくない?
 ハンガリーの瞳が俺を挑発した。双眸に宿る鈍い光が俺を緊張させた。ひどく喉が渇いたような錯覚に陥り、俺はごくりと空嚥下した。
 俺が答えるより先に、ハンガリーが言葉をつづけた。
「誰かに話す気なんてなかったんだけど、あんた見てたら、言ってみようかって気になった。あんたは私の黒歴史の証人なんだから、多少黒いとこが増えても、 まあ問題ないでしょ」
 何を言っているんだこいつは。
 疑問符を浮かべたまま俺はハンガリーをうかがった。と、あいつは書庫の出入り口へと踵を返した。何もかも放り出したまま出ていくつもりなのかと思った が、がちゃん、という乾いた音が響いたあと、あいつは再び体を反転させ、俺のほうへと戻ってきた。施錠したようだ。どうやら、ほかの人間には聞かれたくな い話らしい。
 その話を、俺にする。
 何の意図で?
 俺は無性に落ち着かなくなった。心臓があり得ないくらい早く打ち、それが内側から大音量で響いているかのようだった。
 と、ふいにハンガリーが俺の両肩を掴んだ。
「プロイセン!」
「お、おう!?」
 あいつは俺の肩をきつく握ったまま顔を覗き込んできた。
「聞いてほしいことがある」
「な、何だよ?」
 ハンガリーは数秒の逡巡のあと、はっきりと唇を動かした。
「実は俺、オーストリアさんが好きなんだ」
 その告白を俺にしてどうするんだ。
 失望感に似た何かが胸のうちに広がった。俺は視線を逸らすと、ぶっきらぼうに言った。
「……それはまあ、見てりゃわかるから、いまさら聞かされる必要はなかったっつーか、本人の口からあんま聞きたくなかったつーか……」
 ああ、何言ってるんだ俺。
 半分ひとり言のようにぶつぶつ口を動かす俺に、ハンガリーが突然大きな声を上げた。
「違う! 観点が違う! 重要なのはそこじゃねえんだ! もっと観察力を磨け馬鹿!」
 そして俺の頭を平手ではたいた。軽い音とダメージの少なさから十分手加減されていることはわかったが、やはりある程度は痛い。
「いてっ! なんで殴るんだよ! いまのは不条理だぞ!」
 俺の態度のどこに殴られる理由があったのか。納得がいかなくて喧嘩腰になる。だがハンガリーは、問いただす俺の声なぞどこ吹く風といった調子で、自分の 話を一方的に続けてきた。
「俺のオーストリアさんへの思いが駄々漏れなのはかまわない! 自覚あるからな! 問題は、俺が、俺が……」
 と、そこで俺は気づいた。ハンガリーの言葉が何かおかしい。発言内容ではなく。
「……ん? ちょっと待ておまえ、なんか言葉使いが昔に戻ってねえか?」
 俺が指摘すると、何がやつの心の琴線に触れたのかは知らないが、あいつはぱっと顔を輝かせた。
「やっと気づいたかニブチン! わかったか、こういうことなんだ!」
「いや、わかんねえよ!? おまえ何が言いたいんだよ」
 支離滅裂だ。説明不足だ。もっと筋道立てて話してくれ。
 いまだ俺の肩をつかんだままのハンガリーの右手首を握ると、俺は目線でそう訴えた。が、あいつは埒のあかない台詞を繰り返すだけだった。
「だから、俺はオーストリアさんのことが好きなんだよ!」
「それはさっき聞いたし、わかってるから! 繰り返さなくていい!」
「わかってない! 全然わかってない!」
「何がだ! もうわけがわかんねえよ!」
 不毛な言い合いが勃発した。どう考えても、ハンガリーの説明の仕方が悪いのだが……。いまにして思えば、あいつもあいつで必死だったのだろう。事前に計 画を立てて告白に臨んだわけでもないのだろうし。
 ちゃんと話さないハンガリーに焦れた俺は、もういいと吐き捨てて、本棚から離れドアへと向かおうとした。が、急に後ろへと引き戻す力が加えられ、バラン スを崩した。
「うぉ!?」
 反転する視界についていけず、俺は素っ頓狂な声を上げた。どん、と全身に衝撃が走り思わず目を瞑った。引き倒されて床に転がったのだと推測を立てつつ、 俺は上体を起こそうとした。
「てめぇ、何を――」
 しやがる。
 そう吼えかけた俺の声は、途中で止まってしまった。
 なんでハンガリーの顔が真上にあるんだ?
「だから! つまりはこういうことなんだよ!」
 いつの間にか両方の手首が押さえつけられていた。そしてあろうことか、やつの体が俺の上にあった。
 どういう必然でそうなったのか。状況がまったく理解できない。
 わかったのは、何かに追い詰められたかのようなハンガリーの表情だけだった。


→あいつと俺との間には 2


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