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眠りの浅瀬から次第に意識が岸へと向かうにつれ、ドイツはちょっとした不快感、ないし違和感に無意識に眉をしかめた。夢うつつの中でも、自分の頭が段々と覚醒に近づいていること、そしてそれが朝の訪れを意味するものであることはぼんやりと理解できた。少しずつ薄れる靄の中、朝の手に引かれるようにして、意図せずまぶたが持ち上がっていく。 「ん……」 うっすらと目を開くが、すぐには焦点が合わない。目と口を半開きにしてしばしぼうっとしていると、 「よっ、おはよ」 間近から、というより真正面で人の声がした。いったいどういうことだろうと思った瞬間には、体の片側に掛かる重みから、自分が横向きで寝ていることを理解した。ということは、声の主は自分の真横で同じように寝そべっているということだろう。ぼうっとしたままドイツがそんなことを考えていると、ふいに口元を擦られる感触を覚えた。 「よだれこぼれてるぞ。はは、いい感じに間抜け面じゃん」 プロイセンは笑いながら、ドイツの口の端から細い線を描いて流れる唾液を指先で拭き取った。ドイツは慌てて――といっても起き抜けなので動作のスピードは鈍かったが――自分の手の甲でよだれを拭った。ようやくのことで、近すぎる距離にいる相手の姿が焦点を結ぶ。 「あ、ああ……起きていたのか。先を越されてしまったな。珍しい」 苦笑しながら起き上がろうと腕を突っ張りかけたところで、力が入らないことに気づく。一瞬何事かと目をぱちくりさせたが、じんじんとした感覚が次第にやってきたことから、片腕がひどく痺れていることがわかった。どうやら眠っている間ずっと下敷きにしてしまっていたようだ。そういえば、体全体がやけに疲れているというか、あちこちの筋肉が凝り固まっているような気がする。目覚める前に感じたかすかな違和感はこれが原因のようだ。 睡眠で疲労が溜まるとは何事かと首を捻るドイツの隣で、プロイセンが寝転がったまま中途半端な伸びをする。 「う~、やっぱこのベッドで大人ふたりはきつかったか……。なんか肩とか腰とかあっちこっち痛ぇや。おまえは?」 「そうだな、痛い」 空間的な制約のために睡眠中、寝返りなどの姿勢変換を自然に行えなかったのだろう、一晩明けてみると体から少々軋みを感じた。ゆうべより疲労感と気だるさがあり、いまいち眠った気がしない。しかしそれでもふたりはベッドから出ようとはせず、相変わらずぴったり寄り添っていた。この狭さでは、そうしなければ通路側で寝ているドイツが転がり落ちてしまうのだが。 プロイセンは肩肘を立てて頬杖をつくと、苦笑交じりにぼやいた。 「あ~……ゆうべはいろいろ大変だったなあ」 「まさかのストリップショーのはじまりで、一時は本当にどうしようかと思ったぞ」 「ははははは、興奮しただろ」 「悪い意味でな。肝が冷えた。うちのドッキリ番組のプロデューサーを指南してほしいくらいだ」 昨晩の異様な空気から解放されたふたりは、互いに茶化し合うような発言を交わすと、どちらからともなく小さく笑った。それと同時にじわじわと気恥ずかしさが湧いてきたドイツは、枕から首を浮かせてあたりを見回した。 「いま何時だ? そんなに遅い時間ではなさそうだが……」 とはいえ、平日の起床時間は明らかに過ぎているだろう。腕をついて起き上がろうとするドイツだったが、プロイセンは引き止めるように、ふたりで被っている布団を引き上げた。 「いいじゃん、休みなんだし」 「しかし、寝てばかりというのはもったいない。せっかくおまえと一緒なんだ」 言いながら、ドイツは上半身を起こして布団から出ようとした。が、予想外の肌寒さを感じぴたりと止まった。鳥肌が立つような寒さではないが、ひんやりとした外気が直接皮膚に染み込んでくる。はっと思い当たって自分の体を見下ろせば、案の定、何も身に着けていなかった。布団の中を覗き込むと、下半身もまた然り、であった。 「……服を着るの忘れて寝てしまったのか」 これではイタリアを説教できないではないか、とドイツは眉間に皺を寄せた。一方プロイセンは、お互い裸のままであることをとっくに承知していたらしく、なんら驚いていなかった。 「はは、結局一晩マッパで過ごしちまったな」 「寒い季節でなくてよかった」 「いや、暑い季節のほうが困っただろ。おまえのムキムキ、無駄に熱いんだもん。こんくらいの気温だったらあったかくてちょうどいいけどさ」 と、プロイセンは肘を立てて上体を浮かすと、ドイツのほうに腕を伸ばし、べたべたと無遠慮に彼の胸筋やら腹筋やらを触った。ドイツは相手のしたいようにさせてやりながら、ナイトテーブルの上の目覚まし時計を見た。思ったより遅い時刻だった。 「そろそろ起きるか?」 プロイセンも活動モードに入りつつあることだし、起きてもいいタイミングかとドイツは考えた。が、プロイセンはドイツの提案に反対するように再びマットレスに体を倒し、布団の下に潜り込んでいった。 「ん~……もうちょっと」 少々大げさに眠たそうな声を出すと、彼はドイツに向けて小さく手招きをした。彼は近づいてきたドイツの首に腕を絡めると、いくらか体重を掛けて自分のほうへさらに引き寄せた。ドイツはなかば引き倒されるようにしてマットレスの上に中途半端に寝そべるかっこうとなった。 どうしたんだ、とドイツが問う前に、プロイセンは一旦腕を離し、今度は背中へと回した。 「もうちょい、こうしていたい」 彼は甘えた声でぽつりとそう言うと、ドイツの肩に軽く額を当てた。 「そうか。……俺もだ」 そう答えながら、ドイツもまた彼の背を抱いた。触れ合う感覚に安心するのか、プロイセンはふっとリラックスした息を吐いた。そして顎を上向けて相手を見上げると、ちょっと照れくさそうにへへっと笑った。 「再会してから俺ら、何度も抱き合ったけど……こんなに心が落ち着いているのははじめてだ。俺さ、おまえと抱き合えるの嬉しかったけど、でも、どうしても、緊張しちまってたんだ。こんなに近づいたら、俺がどれだけ変わっちまったのか、おまえに感じ取られるんじゃないか、不安でさ」 「すまない。俺がなかなかいまのおまえを受け入れられずにいたから――」 プロイセンはふるりと頭を横に振った。 「おまえが謝ることじゃない。俺がおまえを信じてやれなかったからさ。俺が緊張するから、おまえにも動揺が伝わって、そんでお互い余計にぎくしゃくしちまってたったのも、きっとあるだろうし」 でもいまはそんなことはまったくない。 それを示すように、プロイセンはぴたりと相手に寄り添った。当然のようにドイツはそれを受け入れた。 「昨日のおまえの行動にはひどく驚かされたが……結果的にはよかったと思う。なんだかすっきりした。単に現状を割り切ることができたというだけなのかもしれないが」 「うん、俺もスッとした。そんで、安心した。俺さ、お互いにとって抱擁が安らげるものじゃなくなっちまったんじゃないかって、内心けっこうへこんでたんだ。でも違った。いま俺、すげえ落ち着いてる。おまえの体温とか心音とか、すごく、落ち着く……」 まどろみに似た心地よさを感じ、プロイセンは軽く目を伏せた。ドイツは彼の金髪に鼻先を少しうずめた。 「俺も……こんなに穏やかな気分になったのは、ものすごく久しぶりのように思う」 朝の静寂の中、ふたりは目を閉じしばし無言で抱き合っていた。何をするでもなかったが、ただ相手をすぐそばに感じられることが嬉しかった。 再び睡魔が忍び寄ろうとしてきた頃合で、ふいにプロイセンが顔を上げた。 「ヴェスト」 「なんだ」 彼はまっすぐにドイツを見つめると、ほんの少し気恥ずかしそうに口元をゆがめたあと、ゆっくりと唇を開いた。 「こんなこと言うようなガラじゃねえんだけどさ……この際だから素直に言っとく――生きててよかった」 言ってしまってから、やはり照れが勝ったのか、プロイセンはドイツの胸に顔を伏せると、ごまかすようにぎゅっと相手の背中をきつく抱いた。ドイツは、不似合いな彼の発言に何度か目をしばたたかせたが、その言葉が胸に染み込むにつれ、じわじわと感激が押し寄せてきた。 「ああ。生きていてくれて、ありがとう」 こうして再び抱き合えることの尊さを噛み締め、彼らはいましばらく、ふたりだけの時間を過ごした。
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