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会議の合間に踊る国々


※後半、仏普っぽいのでご注意ください(根は普独普のつもりです)。



 会議の前半は、予定終了時刻を若干オーバーしたものの、概ね順調に進行した。午後の部の開始は二時間後。ハンガリーはまとめた資料を胸に抱え、のろのろと筆記具を片付けているオーストリアの席まで移動した。
「オーストリアさん、昼食ご一緒していいですか? 今日はイタちゃんも誘ってあるんです」
 ハンガリーの屈託のない笑顔に、オーストリアは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「すみませんハンガリー……せっかく誘ってもらったのに悪いのですが、ちょっとドイツのことで話があるので、これからプロイセンのところに行こうと思っています」
 プロイセン、という名前が出てくると、ハンガリーは悲鳴一歩手前のような叫びを上げた。思わず書類を床に落としてしまう有様だ。
「うぇぇ!? プロイセンのところですか!? だ、大丈夫ですかオーストリアさん……あいつ昔から何かとオーストリアさんに嫌がらせしまくりじゃないですか。あの、私でよければ護衛をしますっ! 控え室にフライパンありますから、持ってきますよ! あ、あと日本さんちのデジカメも……」
 彼女は両の拳をぎゅっと握り締めると、縦にぶんぶんと振り回して自分もついていく旨を主張した。オーストリアは彼女が床に散らばした書類を拾い上げてやりながら、不思議そうに尋ねた。
「カメラ? 犯行現場を収めるつもりですか? 多分今日は大丈夫だと思うんですけど……一応公式の場ですし」
「え! あ、いや、こっちの話ですぅ……。とにかく、私、護衛しますね。オーストリアさんとプロイセンをふたりきりにするなんて、いったいどんなことが起こるのか……ああっ!」
 よっぽど恐ろしい想像を巡らしているのか、彼女は自分で自分の体を抱きしめてぶるりと肩を震わせた。彼はそんな彼女を宥めるように、髪飾りに触れて小さく微笑んだ。
「いや、そんな最悪の事態は想定しなくてもいいかと。それよりお昼食べてきなさい。イタリアが待っているでしょう」
「じゃあ、イタちゃんとご飯食べつつオーストリアさんを見守ります!」
「イタリアが怖がって逃げそうですよ」
 イタリアは彼が苦手ですからね、と付け加えると、ハンガリーはどうしたらいいのかと惑いながら、少し悲しそうな表情で言った。
「う〜……じゃあ、残念だけどイタちゃんとの約束はなしにしてもらいます。やっぱオーストリアさんが心配ですもん。イタちゃんは、事情話せばわかってくれると思いますから」
「いや、ほんと大丈夫ですから。さすがに女性に護衛させるのは私も気が引けますし。それより、ランチに同席できなくてすみません。この埋め合わせは……今夜あたりどうですか?」
 オーストリアは身をかがめると、秘密をささやくように彼女の耳元に口を近づけて、少し声のトーンを落として告げた。ハンガリーはどきりと肩を跳ねさせた。
「え!」
 どぎまぎしている彼女に、彼は微笑みかけた。
「帰り道にいいレストランがあるので、ディナーを一緒にと思ったんですが……都合、悪いですか?」
「いいえ! 問題なしです! ばっちり予定開いています、むしろ空けますし、入りそうになっても全力で排除します!」
「それはよかった。楽しみにしていますよ」
 では、と礼をすると、オーストリアは会議室をあとにした。彼の席の横には、顔を赤らめたハンガリーがしばし立ち尽くしていた。

*****

ロビーのボックス席の一角を覗き込むと、目当ての人物はすぐに見つかった。目印となったのはむしろ同席者の軟派な声のほうだったが。
「プロイセン、ちょっとつき合っていただけますか」
 ソファに腰掛けてコーヒーを飲んでいるプロイセンは、胡乱な目つきでオーストリアを見やると、面倒くさそうにぼやいた。久しぶりに会議に現れたことで、フランスにあれこれ詮索を受けていたらしい。これ以上誰かに質問されるのはうんざり、とでも言いたげに彼はマグカップをゆっくりと傾けた。
「なんだよ、俺はおまえに用なんてないぞ」
「あなたがなくても私があります。それに、これ以上ここにいるとどこかの下品な人の餌食になりかねませんよ」
「なーに言ってんだ、今日の俺はとってもお上品だぞ! 見ろよこの品格あふれるスーツを!」
 テーブルを挟んで対面しているフランスが、誇らしげに自分の着ている黒いスーツをびっと親指で指した。オーストリアは彼に冷たい一瞥をくれると、
「あなたを包まないといけないなんて、布に心底同情します」
 何かを悼むような声音でそう言った。フランスは一瞬むっと頬を膨らませたが。
「おまえは本当に嫌なやつだな……しかし、むかつくがそのスーツ姿はイイ! 俺は自分の美的感覚には素直だからな、おまえみたいにひねくれずに褒めてやるぜ」
 高級スーツに不似合いなにやにやとした笑いをたたえながら、相手の格好に賛辞を送った。オーストリアは見たくないものを見てしまったときのような顔で、力なく呟いた。
「貶されたほうが数万倍マシでした……」
「はははははは、よかったなあ、お坊ちゃん、フランスのお墨付きがもらえてよぉ」
 フランスの話はうっとうしいが、それでもオーストリアを不快にできるのなら便乗したいらしく、プロイセンが愉快そうに笑った。しかし、この場で誰よりも上に行っているのは、ファッションに秀でた男だった。
「おいおい、拗ねるなよプロイセンくーん。久々に見たおまえのそういうカッコもなかなかイケててお兄さんいいと思うぜぇ?」
「ひぃ!?」
 ささやくような低音が耳のすぐそばから届き、プロイセンの背筋に悪寒を昇らせた。向かいに座っていたはずのフランスが、いつのまにかこちらのソファに移動している。彼は目にも留まらぬ速さでプロイセンの背から腕を回し、ジャケットの下に手を突っ込んだ。プロイセンがそれに気づいたときには、形勢はかなり不利になっていた。
「うわあぁぁぁぁああああああ! どこ触ってんだてめぇぇぇぇ!? いつの間にベルト外した!? ファスナー下ろした!? ま、まさぐるなっ……う、うあぁぁぁぁぁぁ……っ!」
 完全に不意を衝かれたかたちのプロイセンは、まともな抵抗もできないまま、気づいたときには腰周りの衣類が乱されていたという状態だった。予想以上にスムーズに事が進んだので、フランスは上機嫌だった。
「はっはっは。こういう服って構造がどれもこれも同じだから、俺くらいになるとたとえ目ぇ瞑ってても脱がせるのなんざ二十秒とかからんぜ?」
「ぎゃ―――――っ! やめろぉぉぉ! た、助けろ、フリードリィィィヒ!! ヴェ―――――スト!!」
 なかば錯乱したプロイセンは、この場にいようはずもない人物の名前を叫んだ。もちろん、どんなに呼んだところで彼らが駆けつけるはずもない。代わりに助け舟を出したのは、それまで静観していたオーストリアだった。
「お馬鹿ですね……落ち着きなさいプロイセン、ここにドイツはいませんよ。あなたがそう言ってたじゃないですか。それで、そのことで私は話があるんですけど」
「そ、そうか……わかった、いま行く」
 助かったという気持ちと、借りをつくったようで腹が立つという気持ちと、自分が交渉で優位に立てるまで放っておくとはこいつ絶対性格悪いという思いをない交ぜにしたまま、それでもいまはここから脱出することが先決だと、プロイセンはうなずいた。そして、いくらか取り戻した冷静さでもって、フランスの腕を弾く。
「……おら、フランス、放せっ!」
「おー。さすがに本気になるとすげぇ力だなあ」
 乱暴に振り払われた腕を、フランスは大仰に振って見せた。即座に立ち上がったプロイセンの背中に、彼はウインクを飛ばした。
「お兄さん、クラウツの話は耳に入れたくもないから、ついていかないよー。俺がいないからってさみしがるなよ?」
「誰が!……行くぞ、オーストリア」
「応じていただけて幸いですよ」
 プロイセンはオーストリアを率先するかっこうで、ロビーから出て行った。昼休みのなかばに立ち去るふたりの姿を見送り、フランスはひとり呟いた。
「あー、おもしろかった。久々にいじるとやっぱおもしろいな、あいつ」
 彼は満悦の表情で背もたれに体重を預けた。


出席を巡る攻防

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