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笑えないペアルック


 フランスはついさっきまでちょっかいをかけていた子供と、その子を庇うように立っているプロイセンを交互に見た。このタイミングで出現する相手としては予想外だ。
「どーしたんだよ、こんなとこで?」
 改めて観察すると、見れば見るほどプロイセンの出で立ちは異様だった。これから遠征に出かける兵卒のような服とブーツで全身をまとめ、やたらと重量のありそうなリュックサックの紐を左右まとめて左肩に掛けている。彼は見るからに重たげな荷物を床に置いて(案の定、床は軋んだ悲鳴を上げた)、それを足癖悪くブーツの爪先でちょんちょんと蹴りつつ、両手を腰に当ててフランスを見下ろした。
「それはこっちの台詞だっての。ここは俺んとこの土地だ。返答次第じゃ穏便には済まなくなるぜ」
「いや、俺は別に……このへん俺んちからも近いし?」
 剣呑な雰囲気の相手に、フランスはすっとぼけるように肩をすくめ、答えにならない返答をした。
「偵察か」
「散歩だよ、ただの。おまえこそ警備にでも来たのか」
 どこからどう見てもそこらの通行人や旅人とは解釈しようのないスタイルのプロイセンは、しかしいけしゃあしゃあと答えた。
「散歩だ」
「そんな山登りだか山篭りだかの装備で?」
「ただ散歩しただけじゃ体力はつかねえよ」
 ふん、と胸を張りつつ、プロイセンは視線で床のリュックサックを示した。フランスはそれに手を伸ばして持ち上げようとした――が。
「うっわ、なんだよこれ! めっちゃ重いじゃん!」
 体重の四割くらいありそうな重量に、フランスは思わず声を大きくした。両手を使っても、腕から先の力だけで提げるのは難しい。当然、座ったままではリュックを床から離すことはできなかった。いったい何が入っているんだ、と驚きつつ警戒心を刺激される。
「おまえ、これから遠征に行くつもり……っつーか、来るつもりじゃねえだろな?」
「さてな」
 プロイセンは顎に手を当てると、ふっと口角を吊り上げた。
「不穏なのはおまえのほうじゃねえか」
「子供狙ってる変質者に言われたくねえ」
 と、空気が険しくなりかけたところで、プロイセンは後ろを振り返った。そこには、直立不動で大人ふたりのやりとりを眺めていた子供がいた。やや困惑気味だが、怯えている様子はない。プロイセンは床に片膝をつけると、子供の両肩に手の平を添えた。
「大丈夫だったか? よりによってこいつに出くわすとはな……要注意人物だから気をつけろ」
 プロイセンが横目でフランスを示す。少年はこくりとうなずいた。
「わかった。……すまない、うまく回避できなかった」
「遭遇したのはおまえの責任じゃないから気にするな。どうせあっちからちょっかい出してきたんだろ? 話しかけられちまったのは……まあ事故に遭ったとでも思っとけ」
 まるで野良犬に追いかけられたかのような会話である。真剣な面持ちで失礼な会話をするふたりに、フランスはむっと眉をしかめたが、それよりも彼らの関係のほうが気になった。親しそう、というには少々違和感のある態度だが、どう考えても知らない間柄ではない。
「なんだよ、おまえら、知り合い?」
「ああ」
「へ〜……ん?」
 あっさり返ってきた肯定の言葉には特に驚かない。が、プロイセンの知り合いだという視点でもって少年をしげしげと眺めると、彼らの関係を表す言葉が唐突に閃いた。
「……おまえいつの間にガキなんかこさえたんだ? やるじゃん! そっかー、どっかで見た顔だと思ったら、おまえに似てたんだな。納得納得」
 フランスは思いつきをそのまま口にした。あてずっぽう以外の何ものでもない言葉で、彼自身本気の発言ではなかったのだが。
「ああ、そうだ、うちの息子に悪さすんなよ」
「そうか、ついにおまえも親父に……って、ええ!?」
 あまりにも即座に肯定されたので、流れで納得のコメントを出しそうになったが、さすがに鵜呑みにできるような内容でないことに気づく。素っ頓狂な声を上げるフランスを、プロイセンは落ち着いた様子で見た。
「なんだよ」
「まじでか」
「何が」
「いや、この坊主がおまえの子供って」
 立て膝の体勢のプロイセンの顔は、立っている子供の顔と同じくらいの位置にある。並んだふたつの顔は、確かに血のつながりを感じさせるものがあった。だが、顔立ちはともかく顔つきが違う。例えるなら、同じ素材を別の調理方法で加工し互いに違う料理としてそれぞれ皿に乗せたような、そんな印象だ。
 しかし、そのような相違点を発見してなお、どこか深い部分に互いを連想させる雰囲気があった。親子というにはちょっと妙な感じがするんだが、とフランスが首をひねっていると、プロイセンが立ち上がりながら答えた。
「そう思ったならそうなんじゃねえの?」
 相手の反応をおもしろがるように、彼は首をすくめて両手を軽く広げた。
「なんだその回答は。っつーか、真顔で肯定されるとは思わなくてだな……正直俺のほうが反応困っちまったじゃねえか」
 からかってやるつもりが立場が逆転してしまった、とフランスはばつが悪そうに後頭部を無造作に掻いた。横目で見やれば、話題の中心である少年はもう異邦人の存在など忘れているかのように、マイペースに保護者(と思われる人物)に話しかけている。
「これが俺の分か?」
 そう言って、彼はプロイセンの運んできた荷物の影に隠れていた、小型のナップザックの肩紐に手を掛けた。小型といっても少年の胴体分くらいの大きさはある。相対的にはかなりの大荷物だ。
 まさか本気で本格的な山篭りでもするのか? とフランスが空寒いものを感じている傍らで、プロイセンたちは端々と会話を進める。
「そうだ、おまえの分だ。背負えそうか?」
「問題ない」
 少年は勢いをつけて床からナップザックを引き上げると両肩を通して背負ったが、やはり相当重いらしく、バランスを崩して後方によろめいた。しかし転倒することなく、彼は体勢を立て直して見せた。プロイセンは一連の動作を眺め、
「おー。やっぱおまえ、けっこう力あるな。将来が楽しみだ」
 満足そうにうなずくと、子供の金髪をぽんぽんと軽く撫でた。子供のほうは荷物の重さに負けないよう、少し前屈になっている。おそらく後ろから見れば、荷物を背負っているというより、荷物に乗られているような格好だろう。
「おまえ、子供にそんなもん背負わせるなよ……」
 思わず口を挟んだフランスだったが、プロイセンは大真面目な口調で答えてきた。
「体力増強は必須だ。鍛錬が早すぎるということはない。俺はこいつをどこかの軟弱くんみたいにする気はないんでな」
「なんだそのスパルタ教育……おまえ意外と教育ママタイプだったわけ?」
 というか、完全に体育会系である。もはや教育方針というよりプロイセンの趣味のような気がするが。このまま突き進めば軍事教練に突入しそうな勢いである。それは看過できないな、とフランスが少々真顔になっていると、子供がケープと外套の間のような上着を脱いでいた。下からは、プロイセンと同じような野戦服が現れた(どこで調達したのか、ちゃんと子供サイズだ)。しかも、妙に型にはまっている。実は生まれてきたときすでにこれを着ていたんだ、と説明されても納得してしまいそうなくらいには。
 こいつらほんと、なんなんだろうな。
 フランスはこめかみを押さえて彼らを見つめた。


第一印象はよくなかったが、第二印象はもっと悪くなった

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