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ご注意!
この話は若い普と小さい独の組み合わせにもえた挙句の産物です。
他のすてきサイトさまと絶っっっ対ネタかぶりしていると思いますが、我慢できずに書いてしまいました。ほんとすみません……まずいようなら下げますので!
それでも読んでやるぜ!な寛大な方だけどうぞ↓
話の進行上、名無しの上司が出てくるのでご注意ください。





身に覚えはなけれども



 特に変わり映えのない朝だった。変化を告げる予兆も不穏な空気のよどみもなければ、祝賀の予定もない。まだしばらくはデスクワーク中心の日々だろう。楽しくはないが、逃げ出すほどでもない。略式の正装を纏ったプロイセンは、屋敷の廊下を常と変わらぬ一定の歩幅で進むと、定刻どおりに上司の執務室のドアの前に立った。扉を挟んで立つふたりの護衛が慣例化された礼をしたあと、彼を部屋に通した。
 三歩前進すれば、背後で扉が閉められる静かな重い音。それを聞き届けると、彼は部屋の主であり自分の上司でもある人物に挨拶をしようとした。しかし、その矢先――
「ん?」
 昨日まではなかったオプションが室内に出現したことに気づき、注意をそちらに引かれた。
 視線は自然、下方へ向かった。というのも、対象物が低い位置にあるからだ。彼の注意を引き付けたのは。
「……なんすかこのちっこいのは?」
 プロイセンの視界の中央に収まったのは、四、五歳くらいの男の子だった。淡い金髪は、彼より少し短く切られている。毛先の跳ね方からして、最近鋏を入れられたばかりだろう。プロイセンはまじまじと子供の姿を観察した。子供のほうは、初対面の青年の不躾な視線にちょっと居心地悪そうに顔をしかめたが、その場から離れることはせず、青い瞳を相手に向けたままじっと立っていた。幼児にしては気味が悪いくらい落ち着いた様子だ、というのがプロイセンが抱いた第一印象だった。
 会って一分も経っていないが、どことなく違和感というか不自然さを感じる。そもそも、年端の行かない子供がこの執務室に保護者もなしに為政者のトップと同席している時点で、十分異常事態であるわけだが。しかし、ここへ通されるときはなんら平生と変わった様子は見受けられなかった。ということは、これは関係者の間ではすでに了解された状況なのだ。おそらく、これからプロイセンへの説明がはじまるのだろう。
 いったいどういうことなんだ、と彼は上司に目配せした。すると、上司の男は椅子に座ったまま、顎に蓄えた髭を片手で撫ぜた。
「身に覚えがないのかね?」
「はい?」
 上司の唐突な問いに、プロイセンは怪訝に眉をしかめた。質問に脈絡がなさ過ぎて、何を問われているのか見当がつかない。しかし、相手は彼の戸惑いなどお構いなしに言葉を続けた。
「うむ、私も知らなかったのだが、どうやらおまえの子供らしい、プロイセン」
「は……?」
 朝一番の爆弾発言は、しかし本日の天気を告げるのと同じくらいの軽さで投下された。それはもう、鳥の羽並みの軽さで。
 何を言い出すんだこいつは、とプロイセンが呆気に取られていると、男は立ち上がって机の前に立ち尽くしている子供のそばに寄った。そして、少し腰を屈めて子供の頭の後ろに手の平を添えると
「見たまえ、この目といい髪質といい、おまえそっくりだ」、
 マイペースにそんなことを言う上司の手前で、幼児はちょっと顎を上げてプロイセンを見つめていた。そのまま、たっぷりと沈黙が落ちた。小型の砂時計の砂が一往復するくらいの時間、嫌な静寂が執務室に影を落としていた。
 プロイセンは真っ白になった頭で上司の言葉を反芻した。物心ついたときから知っている言語で伝えられたにも関わらず、その内容を理解することはにわかには困難であった。
 ――子供……? 子供……!?
 ――なんでそんなものがいるんだ、いるわけないじゃん! だって身に覚えねえんだから! なんかの間違いだ、絶対なんかの間違いだ……
 パニックになった脳が必死に出した答えは、単純な否定だった。
「いやいやいやいやいやいや、それはないっすよ! まじでないって!」
 彼は上擦った声音とともに、ぱたぱたと右手を激しく左右に振った。そんな事実はあり得ない、と言葉にならない部分で力説するように。
「否認するのか。男として甲斐性がなさすぎるぞ」
「や、だってほんと知らねえもん! 身に覚えなんて、そんな!」
「おや、おまえはまだ童貞だったかね?」
「ど、ど、どうっ……」
「これは意外だ。とっくに大人になっていると思ったが……存外慎み深いようだ」
 上司は含みのある口調でにやりと口角を持ち上げた。プロイセンは反射的に叫んだ。
「ん、んなわけねえだろ、この俺が!」
「では、絶対に身に覚えがないとは言い切れないわけだな」
「そ、それは……」
 このままでは言いくるめられてしまう! プロイセンは焦りに焦った。否定するべき論点がずれていることには気がついていたが、それを修正する手段を導き出せるほどの冷静さはない。だいたい、こんな事態になっている理由がわからない。もっと説明をくれ。しかし混乱の極みにある頭は、それを要求することさえ忘れているようだった。
 困惑するプロイセンを放置し、上司は子供の肩に手を添えた。
「ほら、きみからも言ってあげなさい」
 促された子供は、キッとプロイセンを凝視した。にらむような迫力のある双眸に、彼は思わずたじろいだ。子供とは思えない威圧感があった。
「な、なんだよ」
 見下ろすプロイセンに、子供は上司に続く爆弾を落としてきた。
「に……認知しろっ」
「――――――っ!?」
 今度こそ、彼は言葉を失った。


あなたは私を認めますか

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