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夜間騒音対策なし


「で、結局何が目的なんだおまえは」
 ドイツはベッドに腰掛けると、背後で胡坐をかいて我が物顔で鎮座しているプロイセンに視線を投げた。真夜中に突如来訪した――というか侵入した迷惑な客は、自宅さながらのラフな服装に身を包み、シーツの上に足を投げ出して、意味もなく爪先を交互に動かしていた。ドイツの問いを受けた彼は、お決まりのにやりとした笑みで口角をつり上げた。
「ああ、それはだな、おまえのベッドに潜り込んどけば、運がよければイタリアに会えそうだと思ったが吉日、可及的速やかにこのような潜入作戦を立て実行に移した次第だが」
 得意満面に彼は一息で答えた。自身のほどを示すように、脇を締め、両の拳をぐっと握って見せた。
「俺の部屋はイタリア出没スポットか」
 ドイツがプロイセンの突っ込みどころ満載の説明にとりあえず最初の切込みをする。しかし相手は、
「違うのか?」
 と心底不思議そうに尋ね返してきた。なんだこの何の疑いも持っていない、ある意味最高に純粋すぎる瞳は。ドイツは頭を抱えたくなった。が、ちょっと冷静になってここ何十年かの動向を振り返ってみると。
「違わないような気がする……」
 プロイセンの反応ももっともに思えてきた。
「ちなみに立案から実行まで一時間だぜ? はははは、俺ってすごいだろ。この迅速さ! まさに電撃的だ」
「できればもう少し熟考した上で考え直してほしかったぞ、実行する前に」
 上機嫌なプロイセンをよそに、ドイツは膝に片肘を置てこめかみに手を添えると、頭痛を耐えるように顔をしかめた。
 と、背後でごそごそと動く気配があった。振り返れば、プロイセンが再びブランケットの下に潜り込もうとしている。ドイツは体を反転させると、ブランケットの端をめくった。
「おい、なぜおまえが堂々と俺の寝床を占領するんだ」
「え? だってまだ俺の目的達成されてないんだから当然だろ。イタリア来てねーじゃん」
 すでにベッドに寝転がっているプロイセンは、ブランケットを完全に奪われないように掴んでいる。両者の間で軽い引っ張り合いをするような格好のまま、ドイツは尋ねた。
「……もしかして、あいつが来るまでここに張り込むつもりなのか?」
「おう!」
「……あいつに電話して、しばらくこっちには来ないほうがいいと伝えておくか」
 呆れ顔でゆるゆると頭を振ってから、ドイツは立ち上がろうとした。が、足に体重を乗せようとした瞬間、後方へよろめいた。
 プロイセンが、巻きつくようにして、ドイツの首から肩に腕をかけてきたのである。
「おい、危ないだろうが!」
「なんでそういう意地悪するんだよっ」
 プロイセンはドイツの背中に負ぶさるようにして引っ付くと、口を尖らせて文句を言った。ドイツは彼の腕を外しつつ、結局元の位置に戻った。下手に立ち上がろうとすれば、ますます張り付いてくるに違いない。
「深夜に前触れもなくやって来て迷惑行為しているやつに言われたくない。俺の対応は妥当だ」
「あ、もしかしていい年して俺と一緒に寝てるとこ見られるのが恥ずかしいとか?」
 背後から腕を回したまま、プロイセンが笑いを含めて言ってきた。ころころと機嫌を変える彼を見て、ドイツは大きく息を吐きながら呟いた。
「確かに恥ずかしいな。いろんな意味で」
 主に、街中でばったり会ったら他人のふりをするかもしれない、という方向で――ドイツは胸中で付け加えた。一方プロイセンは後ろから首を伸ばすと、にやりとした顔をドイツの横に並べた。そして、ドイツの頬を人差し指でつんつんと突付きながら、
「昔は一緒に寝てただろー。別にいいじゃん、いまさらじゃん、気にするなよ」
「……大昔の話を持ち出すな。卑怯だぞ」
「あ、いまのはちょっとかわいげのある反応だったな。よかったぞ、うん」
「これだから親戚は厄介だ……」
「そういやおまえいまだにクマのぬいぐるみ持ってたりする? 昔持ってたよな? あれ持って寝てたよな? いまでもあんの? 抱いて寝てたりすんの? イタリアいるから必要ないとか、羨ましいこと言うなよ、俺泣いてやるからな」
 迷惑訪問客は饒舌に語った。対照的に、ドイツの口数は減っていき、代わりに重々しい空気を放ち始めた。やがて、彼は低い声でプロイセンの真夜中のおしゃべりを遮った。
「その話はやめにしてもらおうか、プロイセン?」
 途端に、プロイセンがぱっと離れた。ドイツの視線を浴びながら、彼はベッドの上でじりじりと後ずさりした。後退した先には壁しかないと言うのに。
「え、あっ……わ、悪かったって! からかってごめんって! だからその顔やめて超怖い、ほんと怖い。なんか背後に降りてるっておまえ! な、落ち着こうぜ……?」
「……おまえがいる限り無理だろうな」
 ドイツは怒るというよりは諦めたように覇気のない表情をつくると、ふいっと顔を前に向けて相手を視界から外した。と、さっき離れたと思ったプロイセンがまたしても接近してくる。
「あー! だからごめんってー! そういう態度まじで怖いからやめろってぇ!」
 袖を引っ張ってくるプロイセンを見下ろし、ドイツはこの夜間騒音の発生源をなんとかしないとそろそろ条例に引っかかるのではないかと真剣に考え始めた。


※ドイツの法律はまったく知りません。ご了承ください。
深夜徘徊禁止令

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