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普が露領な設定で、普と露とベラのわけのわからない三角関係の話です。
普と独は露公認の仲のようです。普と露はある意味仲良しです。





ひとりになれない休日



 冬の日の休日、短い日照時間を少しでも満喫しようと、プロイセンはリビングの南側の窓のきっかり八十センチ手前に折りたたみ式の椅子を置き、ドイツから渡された電化製品の最新カタログを片手にくつろいでいた。先日ここへ遊びに来させたとき、土産代わりに持ってきてもらったものだ。
 フルカラー写真、性能詳細表示つきのカタログは、見ているだけで心が弾んでくる。コーヒーを口に運びながら、まるでその手の雑誌でも眺めているかのように、プロイセンは口の端をにやつかせていた。
 乾燥機一体型全自動洗濯機の最新型まじたまんねえ。スペックもデザインも最高だ。今度あいつんち遊びに行ったら、あいつ誘って電気屋巡りするかな。あいつも家電好きだし、きっと燃えるぜ。あー、洗濯機ほしいぜ、洗濯機。まだ使えるから新調するつもりねえけど。あ、でもそろそろあいつんちの電子レンジ寿命だって言ってたっけ。なら台所用家電売り場もチェック必至だな。買い換える前にいっぺんでいいからレンジでゆで卵つくってみたいけど、あいつリサイクル命だから、中の電子機器を痛めるような真似したら怒るよな……。レンジでゆで卵の誘惑にはなかなか抗いがたいものがあるんだけどなあ。でもあいつ、あの坊ちゃんの変な調理法のせいでキッチンの爆発音にはたいして驚かないかも……? だったらつまんねえよな。あ、それか、ゆで卵をつくれる電子レンジってのを探しに行くのもいいかもしれねえ。
 ……などと微妙にマニアックなことを考えながら、相手の都合も確認せず次の休暇の予定を他愛もなく頭の中で立てていく。要するにただの空想だが、これがなかなかどうして楽しかった。特に、寒々しい灰色が広がる冬の空の下では。
 男ふたりで弾む足取りで家電コーナーをぶらつく様子を思い描き、ニヤニヤと気味の悪い、けれども本人的には幸せな笑みを浮かべるというまさしくこの上ないひとり遊びに興じるプロイセン。傍から見たら相当不気味な光景だが、生憎一人暮らしのこの家には、家主である彼以外の姿はない。つまり気持ち悪いと罵ってくれる相手すらいない。
 そんなわけで思う存分薄気味悪い脳内デートを展開し、十二分にひとりを満喫していたわけだが、ふいにインターホンが部屋の中に鳴り響いた。来客とは珍しい。お隣さんといえば、あのナチュラルバカップルくらいなものなのに。休日とはいえドイツがアポなしで訪れるとは考えにくいし、あるとしたら宅配便あたりだろうか。特に何かを注文したり、ドイツに郵送を頼んだ覚えはないのだが。
 このまま孤独な空想に耽っていたい気がしたプロイセンは、来客を告げる呼び鈴を無視しようと決めた。が、インターホンの甲高い機械的な音は鳴り止まない。緊急の用事でもあるのか、訪問者は妙に粘っている様子だった。段々とベルの間隔が狭くなってきている。ボタンを高速連打する指先がやけに鮮明に脳裏に浮かんだ。
「あんだよ、うるせぇな」
 無節操なピンポン攻撃を一分も受け続けていると、段々耳と頭がおかしくなってくる気がして、プロイセンは観念して立ち上がり、しぶしぶ玄関に向かった。あからさまにうっとうしそうな表情で彼は扉に手を掛けた。
「あいよー、どちらさ……ん?」
 ノブを押した一秒後、彼はぴしりと石化した。五十センチ先には、自分の背丈より明らかに大きい物体がつくり出したと思しき影。
「…………」
 眼前の光景を認識したと同時に、プロイセンは無言のまま先ほどの行動を逆再生し、音もなく扉を閉めた。
 が。
 完全には閉じず、十センチほどの隙間が残る。というのも、革靴に包まれた人間の足が、ドアの間に挟まっているから。
「……っ!」
 プロイセンはなおも沈黙を保ったまま、足を踏ん張り全身全霊で腕と手に力を込め、扉を閉め切ろうとする。が、表にいる相手――来客もまた、ドアの端を両手で掴み、凄まじいまでの怪力でこじ開けようとしてくる。
 入れてなるものか。こいつは災厄を呼ぶ男だ。いや、むしろ災厄そのものだ。こいつを招き入れるくらいなら、疫病神と貧乏神のコンビと友情を結ぶほうがまだましに違いない。
 その一心で、プロイセンは我が家を死守しようと惜しみない努力を注いだ。しかし相手もまた必死らしく、じりじりと粘り強く扉を引っ張る。
 言葉ひとつ交わす余裕もなく、というより、力の限り奥歯を食いしばっているためろくに声を出すことすらできないまま、彼らはしばらくの間静かなる筋力勝負を繰り広げた。パワーは拮抗しているが、体重差によってプロイセンはじりじりと押されはじめた。このままではまずい。何か対抗策を考えなくては。
 そう考えた矢先。
 ガッ!――という短く鈍い音ともに、視界が広がった。強制的に開け放たれたドアの蝶番が、疲労に満ちた悲鳴を上げるのが聞こえた。プロイセンはなかば臨戦体勢を取りながら、扉を強行突破してきた迷惑な訪問者をにらんだ。
「てめ、ロシア、なんの――」
「うわああぁぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」
 図体に似合わぬ情けない声とともに、ロシアが前方に突進してきた。本人的には助けを求めての行動らしいのだが、プロイセン視点では熊がタックルを仕掛けてくるようなものだ。
「うぉ!? な、なんだいきなり?」
 身構えていたことが幸いし、プロイセンは加速のついたヘビー級の相手の重量をなんとか受け止め、その場に踏みとどまった。が。
「助けてお願い!」
 必死に抱きついてくるロシアに胴体をぎゅうぎゅう締め上げられ、呼吸と心拍が急激に乱れた。
「ちょ、やめろ! 苦しい! 潰れる!」
 助けてほしいのはこっちだ!
 軽く生命の危機を感じたプロイセンは、渾身の気合とともに両腕を勢いよく左右に広げ、ロシアの腕を振り払った。反動で数歩後ろへよろめいたものの、転倒には至らなかった。
「てめえ、何のつもりだ」
 ロシアの怪力のせいで軋みを覚える肩や背を伸ばしながら尋ねるプロイセン。ロシアはあたふたと落ち着きなく叫んだ。
「どうしよう! このままじゃうちに帰れない!!」
「は、はあ……?」
「と、戸締りしっかりしないと……きみも気をつけてね」
「なんのこっちゃ……?」
 疑問符を浮かべるプロイセンをよそに、ロシアは先刻自分がこじ開けたばかりの玄関の戸をきっちりと閉めると、何度も何度も施錠を確認した。ドアノブや鍵を触る彼の手先が小刻みに震えているのが見える。こいつ強迫神経症の気なんてあったっけ? とプロイセンは首を傾げるばかりだった。


きょうだいについて

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