ご注意
露普のエロ(?)コメディです。仏普の設定と微妙につながっているかもしれません。
簡単に言うと、露以外に反応しない体になっちゃった普の悲喜劇です。
途中から救いようもなく下品な展開になるので、苦手な方はご注意ください。(このページはまだ安全圏だと思います)
露普のつもりですが、普露っぽさが否めないかもしれません。
苦手な方は絶対に読まないでください。お願いします。
里帰り
久しぶりの里帰り。といっても、彼にとってそこはもはや郷愁を掻きたてられる場所ではなかったが。家族が待っているところは別にある。いまの彼にはそれで十分だった。
にもかかわらずなぜ単身実家に戻ってきたかというと、なんということはない、仕事で出張を命じられたからだ。普段は内勤のプロイセンだが、時折外回りの仕事を任されることがある。外に出るのは嫌いではないのでそのこと自体に文句はないのだが、出張先が限定的というか偏っているのが不満ではあった。上司が行けと命令を出してくるのは、たいてい実家やバカップルの片割れの家やアル中の本拠地だったから。どうせ行くならあったかいとこがいいです!――と思いつつも結局上司命令にホイホイ従ってしまうのは、長年の悲しい習性だった。
初日の仕事を終えた彼は、宿泊施設の立ち並ぶ中心街を離れると、レンタカーを回して郊外へ出た。目的地まで小一時間。到着した先は、忘れもしない、彼がまだこの地に根を下ろしていたころ、離れとして使っていた住まいだった。郊外に位置するため幸運にも被災は免れたものの、歳月の流れによってあちこちに綻びが生じ、劣化が進んでいる。民家としての概観はまだ保っているが、年を追うごとにホーンテッドマンションの様相を呈している感は否めない。
今夜はここで寝るのか、なんかヤだな……かつての我が家とはいえ、こんな幽霊屋敷一歩手前の建物の中で一夜過ごすと思うとちょっと薄気味悪い。まあたとえ幽霊が出てきたところで大方昔の知り合いだろうから、会話が弾む可能性がないわけではないのだが。しかし、話し相手が幽霊なんてイギリスみたいじゃないか。それは俺がかわいそうすぎやしないか。
ごちゃごちゃと頭の中でぼやきを並べ立てながら、彼は敷地内の適当なところに車を停めると荷物を降ろした。胸ポケットに古びた鍵が入っていることを確認すると、彼は玄関に向かう前に建物を迂回して庭に回った。長らく手入れしていないので、きっと雑草ジャングルが形成されているに違いない。草むしりという地味な重労働が待ち構えているかと思うと気が滅入ってきた。
彼がため息をつきながら庭へと足を踏み入れたとき、
「あれ? こんにちは」
ちょっとびっくりしたような挨拶とともに、緑色のカンバスの隅にうずくまるくすんだ色の大きな塊が唐突に長細く伸びた。
「うぇ!? げ!? ちょ、え……えぇ!?」
顔を引きつらせ、挙動不振に陥るプロイセン。手にしていた荷物がぼとりと地面に落下する。あと三センチずれていたら足の甲に落ちるところだった。
「あは、相変わらずユニークな挨拶だね」
なかばパニック状態のプロイセンとは対照的に、先客のロシアはにこやかな様子で気の抜けた微笑を浮かべた。麦藁帽子に作業着、首には土で汚れたタオル。完全な農夫スタイルの彼は、土いじりで和んだのか、機嫌よさげだった。
一方プロイセンは、彼の姿もさることながら、そのバックにある光景に驚愕した。足元からまっすぐ上に向かって伸びる、絵の具のチューブから搾り出したかのような濃い緑の大群。やたら背高のっぽで、上のほうが鮮やかに黄色い……。
おびただしい数のひまわりが群生する庭を目撃した彼は、数秒の溜めのあと、混乱によるストレスをとりあえず発散させるかのように叫び散らした。
「ちょ、なっ……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!? ひまわりぃぃぃぃぃぃ!?」
あまりの数に少し怖気づきながら、プロイセンは一歩後ずさりした。ひまわり自体は愛嬌のある植物だが、数が集まると異様な迫力がある。季節的にまだ開花しきっていないとはいえ、すでに人の背丈を超えた茎が所狭しと空間を埋め尽くしている光景は、言い知れぬ不気味さを感じさせるものだった。
当惑するプロイセンの前で立ち止まると、ロシアは上機嫌でこくりとうなずいた。
「うん、ひまわりだね」
「ここはどこだ!?」
「どこって、きみんちの庭だけど。見当識大丈夫? ボケちゃった?」
真面目に心配してくるロシアに、プロイセンがさらに声を荒げた。
「いや! おかしいだろ! うちの庭こんなんじゃなかったぞ!? 何このひまわりの大群! なんか怖ぇんだけど! 何があったんだ!?」
最後にこの家に来たのはいつだっただろうか。正確には覚えていないが、少なくとも去年の夏はこんなことにはなっていなかったはずだ。その代わり名も知らぬ雑草たちが咲き乱れていたのだが。一年の間にどんな呪いが降りかかれば、あの荒れ切った庭が別の意味で混沌の空間に生まれ変わるというのか。
いったい何があったのかと色めき立つプロイセン。ロシアは落ち着かせるように彼の肩を軽く叩くと、緊張感のない調子で答えた。
「ああ、きみあんまりこっちに戻ってこないから庭荒れ放題でしょ? 雑草伸び伸びで放っておくと土が痩せそうだったし、どうせなら土地を有効活用しようと思って」
「……つまりはおまえの仕業ってわけか。そりゃ、自然にこんなふうになるわけないもんな」
「えへへ〜、かわいくなったでしょ、庭」
ロシアは女の子よろしく両手を胸の前で組んで嬉しそうな表情で言った。仕種だけはかわいらしかったが、それを行っているのが大男なので、シュールな光景以外の何ものでもない。こいつはなんでいちいち気味の悪いジェスチャーをつけるんだ、と内心で突っ込みながら、プロイセンは改めてひまわりに埋め尽くされた庭を見やった。ポスターの背景で見かける一面のひまわり畑とは一線を画す、前衛的な風景がそこにはあった。何の計画性もなく無造作に伸びた茎と葉が、狭苦しそうに空間を取り合っている。野生化したひまわりたちのサバイバルのように見えなくもない。
こいつ何も考えずに種蒔いたな……。
プロイセンは呆れたため息をついた。
「まあ、いまはおまえのもんなんだし、植えたきゃ植えてもいいけどよ……もうちょっと計画的にやれよな……なんかすげぇ野放図に育ってるぞ。あのへん栄養行き渡ってねえじゃん。たくさん種蒔きゃいいってもんじゃねえんだぞ」
彼は半眼になりながら、無秩序に成長したひまわりの群れの片端を指差した。日照や土の栄養などの条件が異なるのだろう、ほかの部分に比べて生育状況がよくない。
「うん、僕もちょっとやり過ぎちゃったかなって思ってる。来年は気をつけるよ」
「来年もやる気かよ……」
プロイセンは頭痛を覚えたものの、それ以上の文句は言わなかった。実家とはいえすでに自分の手を離れているのだから、突っ込んだ発言はできない。まあそんな大人の事情よりも、この男に関わるのが面倒くさくて仕方ないというのが本音なのだが。もう好きにさせておけばいいじゃないか、どうせ俺こっちにゃ住んでねえんだし――諦めの境地に達すると、彼はこのひまわり尽くしの庭のことはとっとと忘れることにした。
プロイセンは気を取り直して荷物を拾い上げ、踵を返して玄関へと足を向けた。と、庭道具を片手にロシアがついてくる。
「ところで、今日はどうしたの? 仕事?」
斜め後ろに立ったロシアは、肩越しに覗き込むようにしてプロイセンの顔を見た。
「ああ。お勤めだ」
素っ気なく答えるプロイセン。ロシアは自分の下唇に人差し指を当てて軽く宙を仰いだ。いちいちかわいらしい仕種が妙に癇に障る。
「そういえば今月きみが出張で来るって上司が言ってたような。今日だったんだ」
「おう。ってか、おまえこそ何の用だよ。ひまわりの手入れか?」
「うん。あと家のほうの点検も。家って人が住まないとあっという間に傷んじゃうからねえ」
「ふうん……なら俺がわざわざ来なくてもよかったってわけか」
そう呟くと、プロイセンは右手に持っているボストンバッグを見下ろした。ファスナーの端の隙間から、パステルピンクの細長い棒が突き出ている。何かの柄のようだ。
不思議に思ったらしいロシアが、断りもなくそれを掴んできた。ジ、とファスナーが少し開き、中から柄の先が出てくる。
「タワシ……?」
「タワシ以外の何に見えるんだ?」
プロイセンはやや棘のある声で言った。ロシアは引っ張り出した柄付きタワシをしげしげと眺めた。
「今回の仕事って掃除?」
あらゆる角度からタワシを観察するロシア。それが本当にただのタワシであるのか、あるいはタワシという皮を被った別の何かなのか、見極めようとするように。出張用の荷物からタワシが出てくるなんて、ちょっと普通じゃない。
不可解そうにタワシとにらめっこするロシアに、プロイセンがぶっきらぼうに答えた。
「違ぇよ。こっちで展開してるウチの会社の工場に用があんだ。掃除道具は……たまの里帰りなんだから実家掃除して来いってあの馬鹿に無理矢理持たされたんだよ」
「ああ、そういうこと。あは、ドイツくんらしいねえ」
かなり無茶苦茶な説明ではあったが、ドイツの仕業となれば納得が行くらしく、ロシアはおかしそうに笑った。
プロイセンはボストンバッグのファスナーを開けると、中身をごそごそと漁った。タワシ以外にも、ゴム手袋やら雑巾やらスポンジやら、いろいろと詰まっている。ご丁寧に、洗剤等は現地調達するようにとのメモまで入っている始末だ。
「ったく、ひとのバッグにこんなもん詰めやがって。空港の荷物検査でタワシに妙な嫌疑掛けられるほうの身になってみろってんだ。もうあいつには荷造り頼まん。詰め込みすぎてていっぺん出すと二度と元通りに収納できねえし。どこの奥様にあんな卓越した収納術習ってきたんだあの野郎」
「ていうか、自分の荷造りくらい自分でやればいいのに。なんでもかんでもドイツくんに面倒みてもらってないでさあ」
ぶつぶつと文句を垂れるプロイセンの横顔を、ロシアは生温かいまなざしで見た。ドイツにべったりな彼の態度も、ここまで来ると呆れるのを通り越していっそ微笑ましくなってくる。
玄関へと歩きながら、ロシアはプロイセンが左手で引きずっているキャリーバッグに視線をやった。
「もしかして泊り込みで掃除?」
「ああ。ヴェストの野郎、余計な仕事押し付けやがって。俺はホテルでのんびり寝たかったっつーの。しかしやつのことだからあとで何らかの手を使ってチェックしそうだしな、あんま手抜きはできねえ」
「彼、厳しそうだもんね」
と、プロイセンはそこで、呑気にコメントしてくるロシアをちらりと振り返った。ちょっと迷惑そうに眉根を寄せながら。
「ってか、なんでついて来んだよ。掃除なら俺がやっとくから、おまえはとっとと帰れ」
「せっかく来たことだし、手伝うよ。この家広いから、ひとりじゃ大変でしょ。僕としてもそのつもりでこっちまで足を伸ばしたんだし――ベラルーシの追撃かわして」
どちらかというと、妹のストーキングから逃げ惑っているうちにここへ迷い込んだのではないだろうか。プロイセンはなんとなくそんな想像をした(可能性としてはおおいにあり得るだろう)。
「おまえなんぞが掃除に加わったらさらに大変だ。俺は整理整頓や掃除には一流のこだわりをもつ男なんだ、他人に手出しされたくねえ」
「でもドイツくんに渋い顔されるんでしょ? きみの掃除の仕方」
ロシアの指摘に、プロイセンはすまし顔で肩をすくめた。俺を舐めてもらっちゃ困るぜ、というように。
「ヴェストがいるときはラクしてるだけだ。本気の俺の掃除テクはすごいんだぜ? おまえが見たら悲鳴上げるくらい」
まだ何もしていない段階から勝ち誇ったように自信たっぷりに言うプロイセン。玄関の前で立ち止まって鍵を開けている彼の横にたったロシアは、彼の服の背を軽く摘んでつんつんと引っ張った。
「じゃあ、きみの個人的な仕事の邪魔はしないからさ、上げるだけ上げてよ。せっかく来たのに門前払いは悲しいな」
「お断りだ」
プロイセンは即座に拒否をするが、ロシアは引き下がらない。それどころか、顔を接近させて耳元でねっとりとささやいてくる。
「つれないなあ、誘ってるのに」
直球すぎる誘いの言葉に、プロイセンは露骨に眉をしかめた。いや、遠回しに言われたらそれはそれで気持ち悪いのだが。
「誘われてたまるか」
「いいじゃない、ノってよ」
ロシアは彼の腰に腕を回すと、少し猫背になって彼の肩に顎を預けた。
「ねえ、いいでしょ?」
「い・や・だ。乗せられてたまるか」
「そう冷たいこと言わないで」
舌を突き出してお断りの意思を示すプロイセンに、ロシアはなおも食い下がり、ますます腕を相手の体に絡めた。プロイセンはうっとうしそうに身じろぐと、ロシアの手をぞんざいに払った。それで腕を引っ込めるような相手ではなかったけれど。
「しつこいぞ。てめえなんざ願い下げだっつーの」
拒絶の言葉を繰り返しつつも、彼はドアを開けると、相手ともども家の中へと消えていった。
→ある青年の悲劇(※危険なのでご注意)
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