ご注意!
冷戦期で露普(?)エロコメです。
「里帰り」と同じ設定ですが、時間軸的には今回の話のほうが前です。
なんとなく受けくさい露や、女性キャラのエロ妄想を悶々と繰り広げる普なんて耐えられない!という方は、絶対にこの先に進まないでください。かなりデンジャラスです。
奇跡的な復活?
重い。熱い。うっとうしい。邪魔くさい。そして酒臭い。
むせ返るようなアルコールのにおいに包まれながら、プロイセンは実に不機嫌に天井を仰いだ。夜もとっぷり更けた頃、いかに日々屋敷中の家事に追われていようとも、いつもなら自分の部屋でベッドに入っている時間だ。だが、いま見つめている天井は自室のそれではない。粗末な豆電球がひとつだけぶら下がった天井は、ほとんど内装もなく剥き出しに近い。それに加えて、背中に感じる感触もスプリングの壊れた自分のベッドのものではない。薄っぺらなマットレス以上に固い板が背や関節にあたっている。何十分もその姿勢を強制されているものだから、筋肉や節々が痛んでならない。もっとも、主たる原因は自分の体重の倍以上の負荷が掛かっているためだろうが。
プロイセンは音を殺したひそやかな、しかし盛大なため息をつきながら顎を引いて自分の腰から下を見下ろした。視界に広がるのは色素の薄い、けれども自分とは質の違う色をした金髪。そのさらに下方には、長身とそれに相応した骨格をもつ成人男子の体がある。もちろん、彼のものとは別口で。ただでさえ彼より重いその体は、いまは酩酊による脱力のためにさらに重量感を増していた。彼の腰に両腕を回し、膝に上半身を預けたかっこうで、それはもうぐっすりと寝入っている。
お酒付き合ってよ。
ロシアがそう誘ってきたのは二時間ほど前のこと。プロイセンが地下の食料庫で在庫管理をしている最中、ロシアがひょっこり入り口から頭を覗かせたのだった。普段から飲酒を控えるよう厳しく言っているプロイセンは、相手をにらみつけながらじりじりと酒棚へのルートを塞ぐように動いた。その後、梯子に近い急傾斜の階段を下りてきたロシアと五分ほど、飲みたい飲ませないの問答を繰り広げた。声の響く地下室でぎゃあぎゃあ喚き合った結果、相手のしつこさに根負けしたのはプロイセンのほうだった。とりあえずウォトカの一杯も飲ませてやらない限り、永久に食料庫から出られそうになかったのだから仕方ない。けっして、ビール飲んでいいよ、というロシアからの誘惑に負けたのではない……とプロイセンは頑なに自分を信じている。
床を見下ろせば、空になったビール瓶二本と古くなった塩漬けの保存食の瓶が転がっている。その少し先には、ウォトカの瓶を握り締めたロシアの右手が放り出されていた。
まさかこの野郎と酒を飲む日が来ようとは。
プロイセンは酒臭いため息を吐いた。といっても、腰に纏わりついてすやすやと眠っているロシアの寝息ほどアルコール臭くはなかったが。
安物のビールはすっぱくて、お世辞にもうまいとは言いがたかったが、料理酒以外のアルコールを摂取するのは久しぶりで、内臓に染みる感覚に気分的な美味さを感じた。プロイセンがビールをラッパ飲みする傍らで、ロシアは持参したらしい小振りなショットグラスにウォトカを注ぎ、ハイペースで喉に流していた。健康管理にうるさいプロイセンは当然のように彼を止めにかかったが、やはり当然のこととして、止まるはずがなかった。空にした瓶の本数は互角だが、中身がビールとウォトカでは摂取するアルコール量が違いすぎる。結果的に、先にアルコールに負けたのはロシアのほうだった。それだけだったら、これ幸いとばかりにプロイセンは食料庫からとっとと脱出しただろうが、知らないうちにロシアにがっちりとホールドされるように纏わりつかれていたため、逃げるに逃げられない状況に陥ってしまっていた。寒い季節ではないのだが地下室はやはり冷える。酔い潰れると本能的に人肌で暖を取ろうとする習性でもあるのか、ロシアはプロイセンの服の裾を少しばかりめくって直に肌に触れてくる始末だった。
ここまで来るとほとんど動物だ。そう感じたプロイセンは、もはや抵抗する気にすらならず、されるがまま酒棚にもたれかかっていた。
「ったく、せっかくひとが忠告してやってんのに、無視してがぶがぶ飲みやがって……普通の人間だったらとっくに肝臓がイカれてるぞ、このアル中」
ぶつぶつと文句を垂れ流しつつ、彼はロシアのマフラーの端を何とはなしに摘んで、くいっと引っ張った。と、ロシアがいやいやをするように首を小さく左右に振る。そして首元に回っているマフラーを右手できゅっと握ると、
「ん〜……おねえちゃん……」
不明瞭な声で寝言を発した。夢でも見ているのか、プロイセンの太股に頬をすり寄せてくる。むかつくほど安らかな顔だ。よほど安眠しているのか、口の端から涎が少々こぼれている。
「このシスコンめ、気持ちよさげに寝惚けやがって。……俺はおまえの姉ちゃんみたいな立派なバストはないぞ?」
ぺちん、と軽く頬を叩いてみるが、目を覚ます気配はない。彼は不自由な体勢ながら腕を後ろに回して尻のポケットからハンカチを取り出すと、ロシアの口元を拭いてやった。自分の服にまで涎が染みてきたら嫌だったから。すっかり安眠中のロシアの顔をちょっぴり憎たらしい気持ちで見下ろしながら、プロイセンは胸中でぼやきを展開した。
(この野郎……ひとりだけ心地よさそうに眠りやがって。……ん? 俺を姉ちゃんと勘違いした状況でこんなふうに眠れるってことは、こいつ普段から姉ちゃんとこんなことしてんのか? ウクライナのあのでっかいおっぱいと一緒に寝てるってのか? あのボリュームだ、確実に顔埋まるよな……ちょ、おま、それは羨ましすぎるだろ。……いやいやいや、よく考えてみろ俺、姉弟なんだから別に羨むようなこっちゃねえだろ。仮に俺がヴェストと同じベッドで寝たとして、興奮なんか微塵もしねえだろ。いやまあ、あいつ男だけど。おっぱいないけど)
最近会っていない相手を記憶から引っ張り出すと、プロイセンは彼と一緒に寝ているところを思い浮かべた。無理矢理登場してもらった彼に想像の中で一緒に寝てもらうが、特に感じるところはなかった(あったら恐ろしいが)。が、代わりに懐かしさと恋しさと寂しさの影が胸に訪れそうになるのを察した彼は、それらを明確な感情として自覚する前に、意識の外へと追いやった。
ごまかすように外の世界に逃げた彼は、なんでもいいから注意をほかに向けようと、ロシアの寝顔を見つめた。と、あることに気づく。
(あ、こいつ鼻以外はけっこう姉ちゃん似なのな。なんつーか、鼻が実に残念なんだな……。ウクライナはなかなかの線なのに、鼻ひとつでこうも印象が変わるとは、人間の顔のバランスってほんと微妙なもんなんだな。しかし、この角度だと鼻の自己主張が控えめで、多少はかわいく見えないこともないかも……? いやいやいや、何考えてんだ俺、それはありえないだろう。ありえなさすぎだろう。本物のシロクマっつーかホッキョクグマはかわいいが、こいつはまったくかわいくねえ。外見(そとみ)も中身も)
うっかり頭に上りかけた変な思考を弾き出すついでに、彼はロシアの鼻先を指先で弾いた。もちろん弱い力で。
「ん〜……」
くすぐったかったのか、ロシアは目を閉じたまま手の甲で自分の鼻を擦った。むず痒さに小鼻をひくひくと動かしながら。仕種だけは幼くてかわいいので、プロイセンは心底残念そうにため息をついた。
(あー、これがこんなクマ野郎じゃなくて姉ちゃんのほうだったら俺役得って感じだったのになー。妹のほうはぜってぇ御免だけど)
ロシアの姉ということを考えれば、ウクライナがウォトカを飲みすぎて酔っ払うという事態が起こりうる可能性もゼロではないだろう。にわかに、プロイセンの頭に男の子らしい妄想が忍び寄る。
(ウクライナまじ乳立派だよな。あのハンガリーが普通に見えるぜ。何食って育ったらあんなふうになるんだ? 上司か? あいつんとこの歴代上司があそこまで育て上げたのか?)
と、そこでまたいけない方向性のピンク色の思考が脳内を侵食しはじめた。目を閉じればそこにはもう、非現実きわまりない世界が広がっていた。もし頭の中を覗ける眼鏡なりスコープなりがあったとしたら、視界全体にモザイクを掛けなければならないだろう。
ひと通り無断でウクライナに楽しませてもらったあと、彼は不敵な笑みを漏らした。
(ふ……楽しい妄想に耽っちまったぜ。さすが俺、なんて男らしいんだ)
まったくもって誇れない男らしさだが、彼はそんな自分に至って満足げだった。というのも、
(よし、こういうので楽しめるってことは、頭のほうはまだまだ枯れてないってことだよな。しかし――)
もぞり、と彼は腰を動かした。これといった変化は感じられない。
(はははは、こーんなおピンク妄想しても少しもサカらない俺、すごすぎるぜー。いやほんと、まじ自分で自分を褒めてやりたいぜ。別に全然悲しくなんかないんだからな、むしろこのストイックさを神様に褒めてもらえそうですっげ光栄なんだからな。ああ、忌々しい共産主義じゃなけりゃいますぐ神の御前で信仰告白なり何なりできるのに)
大事なところを奪われて以来、すっかり元気を失ってしまった息子を前に、彼は胸中で強がりを並べ立てつつ、がっくりと肩を落とした。もう何十年も沈黙を保っているので、どんな感じがするものだったのか、最近は忘れつつある。このままでは本格的に神の僕になれそうだ。いや、自分の出自を考えれば本懐を遂げるにふさわしいことなのかもしれないが――俗世間を知ってしまった身としては、やっぱり寂しいじゃないか、こういうのは。
再度大きなため息をついたあと、彼は小難しそうに眉をしかめてきつく目を閉じると、精神を集中させた――桃色妄想に。今度はウクライナとハンガリーのふたりに共演してもらったりして、やりたい放題である。
数分にわたって再チャレンジを試みた結果、ふいに彼は違和感を感じてまぶたを上げた。
(ん……これって……)
彼は数回すばやくまばたきしたあと、うつむいてゆっくりと腕を持ち上げた。自分の腰周りに掛かっている長いマフラーを親指と人差し指でつまみ上げ、ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込みながら、恐る恐る横によけると――
(……!! うっそ、反応してる!?)
そこには元気になった息子の姿が!
あまりの驚きに、彼は感動するのも忘れて慌てふためいた。まさかこんな状況で突然元気を取り戻すとは予想だにしていなかった。何をしても自分はもう駄目だ、という諦めから来る悟りがあったからこそ、安心して妄想していたというのに。
(な、ななななな、なんで!? どんなに妄想しようが女体拝もうがノーリアクションだった俺の内気なムスコが!? な、何事だいったい!? さっきの妄想が効いたのか!? え、だ、誰のおかげだ!? ウクライナ!? それともハンガリー!? いやでも、このふたりには前々から世話になってたし……。ベラルーシ……はあり得んあり得ん。あ! まさかリヒテンシュタイン大人バージョンか!? スイスにばれたら銃殺されるな……)
脳内に不穏な銃声が鳴り響き、彼はぶるりと背筋を震わせた。が、下半身のほうはどうやら全快しているらしく、少しも怖気づいてはいなかった。
(ど、どうすんだよ俺……こんなところで元気になっちまって……)
自分の太股を枕にして眠りこけている大男の横顔を見下ろす。背中に冷たい汗が流れるのをいやに鮮明に感じた。
→危険な比喩
|
|
|