露普です。
エロくはないですが、割と露骨かもしれません。ものすごくご注意ください。普がひたすらかわいそうな話です。簡単に言うと、普が露におとされる話です。
2ページ目の「春遠からず」(このページから飛べます)が特に危険ですので、本当に本当にお気をつけください。
天使のいない場所
頭重に押さえつけられ開眼すら億劫に感じながらも、淡い光に導かれるようにして、やがてそろりとまぶたを上げる。最初に見えたのは、天井のくすみだった。
しばしぼんやりと薄茶色の染みを眺める。それが天井のパネルであることを認識するまで、一分ほどもかかった。そうして理解する。自分が仰向けになっていることを。
そこまで来てプロイセンはようやく重力の感覚を思い出した。薄いマットレスに背が沈んでいる。彼はのろのろと指先やつま先を動かして、身体の点検をしていった。
肘を突き、頭を上げてから体幹をひねり、ゆっくりと起き上がる。裸の胸にはブランケットが掛けられていた。布が皮膚を滑って落ちていく。プロイセンはまだぼうっとしたまま、その光景を目で追った。鉛に圧し掛かられているような重さを訴える額を押さえ、彼は少し首を屈めた。そのとき、ふいに気づく――痛みが、退いていることに。あれだけしつこく彼を苦しめた疼きが、鳴りを潜めている。
どういうことだ?
疑問に思いながらも、苦痛から解放された安堵に、彼はほうっと息を吐いた。すると――
「お目覚め?」
前方から届いた声に、はっと顔を上げた。一人用の小さなテーブルの前で、ロシアが座っている。机上には書類が何部か並べられていた。仕事だろうか。
プロイセンは頭髪を片手でがしがしと掻き毟ると、目線だけを寄越してくる相手をちらりと見返した。
「……眠っていたのか、俺は。……どのくらい?」
尋ねた声は、自分でも驚くくらいかすれてひび割れていた。息漏れが強い。同時に、ひどい口渇感を覚える。喉も口腔も鼻腔も、すっかり枯れている。水分の不足した舌で唇や歯茎の裏側を舐める。しゃべろうにも、口が動かしにくくてならない。
と、ロシアが横に視線をずらす。つられて追うと、ベッドサイドの小さな台に、見覚えのない水差しが置かれているのがわかった。
「きみが眠りについてから十四時間ってとこかな。時計が一周しちゃったよ。まあ、僕もずっとここにいたわけじゃないから、途中で起きたのかどうかは知らないけど」
ロシアが、ポケットから取り出した懐中時計を眺めている。プロイセンは告げられた時間の長さに目を見張った。にわかには信じがたい睡眠時間だ。もう長いこと、彼は体の痛みに眠りを妨げられ続けていたから。こんなに継続した睡眠を取れたのは久しぶりのことだった。
すっきりとした目覚めではなかったが、それでも気分は悪くはなかった。頭の鈍い痛みはあれど、全身を蝕む持続的な苦痛がないことは、彼をひどく安心させた。
プロイセンは水差しからコップに水を注ぐと、口へと運んで傾けた。じわ、と粘膜に水分がしみる。水は生ぬるかったが、それでも潤いの感触はたまらなく心地よかった。彼は貪るように水を含み、喉へと流した。空になったコップをトレイに戻すと、水差しを手に取り、そのまま口をつけてあっという間に飲み干す。口角から漏れた水が顎を伝い、首や胸元を濡らしたが、彼は構う素振りも見せない。体が水分を欲してやまなかった。
唇を手の甲で拭いながら、プロイセンは中断していた会話を再開する。コンディションが整うと、段々とこの状況が意味するところが見えてきた。というより、思い出された。ああ、そうだ、ゆうべこいつが訪ねてきたんだった。それで――
「いや……多分ずっと寝てた。夢も見なかった」
こびりついた目やにを指の腹でこそぎ取ってから、何度かまばたきを繰り返す。眼球とまぶたがべたりと張り付いては離れる感覚があった。周囲の皮膚がひりひりするのは、塩分のせいだろうか。
「ときどきうなされてたようだけど?」
書類に目を落としたままロシアが指摘する。プロイセンは目を閉じて少し考え込んだが、すぐに首を横に振った。
「……。覚えてねえな」
「そう。よく眠れたようだね」
「……みたいだな」
いつ以来の深い眠りだろうか。言葉どおり、まったく覚えていないが、それは甘美な時間であったように思えた。苦痛から解き放たれた、安らかな時間。
久方ぶりに眠れたことに歓喜を覚えるとともに、彼は強烈な疲労感に襲われた。長い間痛みに緊張していたせいだろうか、こわばりの解けた体が、反動のようにだるさを訴えてくる。いままでとは逆に、まったく力が入らない。
脱力感を自覚すると、座位の維持すらつらくなってきた。彼は重力に引かれるがままに再度ベッドに沈んだ。
「また眠るの?」
「眠気はない。けど、寝る」
痛みにもがくことなく、ただ普通に寝転がっていられることが、こんなにすばらしいことだったとは。プロイセンは落ちかけていたブランケットを引き上げると、腹の辺りに曲げた腕を置いて、深々と息を吐いた。
眠るつもりはなかったが、結局意識は途絶えてしまった。
再び覚醒したとき、部屋に他人はいなかった。
安っぽい水差しには、水がなみなみと注がれていた。
*****
じわじわと、体の内側に嫌な刺激を感じる。知っている感覚だ。神経が疼く。徐々に、しかし確実に強くなっていくであろうことが確信された。この疼きがやがてひどい痛みに変わることが、わかってしまう。というのも、彼はすでにこの過程を経験していたから。実体験として知っていたから。
あれから数日は、苦痛のない日々を送ることができた。しかしあの恐ろしい感覚は、再び彼のもとに舞い戻ってこようとしていた。逃れることも防ぐこともできない絶対的な痛み。
緩徐に忍び寄るそれに、彼は怯えた。またあの苦しみを味わわなければならない。苦痛にもがき、喘ぎ、眠ることも気を失うことも許されない時間がやってくる。確定的な予感を得ながらも、抗う手段はない。先延ばしにもできない。
少しずつ、少しずつ、日ごとに増強する痛覚を抱えながら、彼は街を歩いた。
「う……」
皮膚、関節、筋肉、臓器。異なる種類の痛みが代わる代わる押し寄せてくる。
「ち、くしょう、が……」
自宅に戻ると、苦悶に顔をゆがめ、彼は床にくず折れた。閉じたばかりのドアに背をもたれかけさせて。
恐れていた疼痛の再燃。じっとしていられず、彼は掻き毟るように床に爪を立てた。
「くっ……あ、あぁ……はっ……はあ……」
内部から湧く痛みであるのに、それでも本能的に敵から身を守るように、彼は体を抱え込んで床に倒れた。
*****
何日経過したのか知れない。
痛みに耐え切れず手足を暴れさせたため、椅子は蹴倒され、部屋に置かれている雑貨のいくつかは床に散らばっていた。床や壁を引っ掻いた爪の先は、削り取られ、血がにじんでいる。
ベッドの上でおとなしくしていることも困難だった。彼は痛みに追われるように、時折立ち上がってはふらつく足で部屋を歩き、また倒れた。
きらめく朝日とは無縁に、彼は床にうつ伏せになり、浅い呼吸を繰り返していた。助けを求めるように前方に片腕を伸ばす。と、その指先が、床のパネルではない何かに触れた。
見上げると、自分の上に影が降りていることに気づいた。地に伏せている彼にとって、目の前に立つ人間は、そびえ立つ大木のように感じられた。
「ロ、シア……」
途切れ途切れにその名を呟く。
「また見物、かよ……いいご趣味で。うっ……あ、っく……無様で、悪かったな……はは、は……」
苦しい息の中、それでも彼は悪態をつく。それで蹴飛ばされても構わなかった。誰も、彼がいま感じている以上の苦痛を与えることなど不可能だろうから。
ロシアは無言のまましばらくプロイセンを眺め下ろしていたが、やがて片膝をつくと、倒れている相手の体を反転させ、上半身を支えた。
「なん、だよ……」
肩を抱かれるようなかっこうで身じろぐプロイセン。ロシアは彼の短い前髪を軽く上に梳いた。
「まだ苦しんでいるの。きみは本当に諦めが悪いね。いっそ哀れだよ」
「知るかよ……」
言いながらも、彼はロシアの肩を強く掴んだ。ベージュのコートにうっすらと、指先の血がにじんだ。
→春遠からず(※ひどい展開ですのでご注意ください)
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